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第129話
「僕が殴ったって、殴り返さなきゃいいじゃん……!」
「何だそれ。オレに無抵抗でいろってことかよ?やっぱ生粋の「弟」ちゃんは言うことが違うよな。甘ったれんな!」
ロウには意外と口じゃ勝てない。悔しい。でもきっと、自分たちの思うところは同じだとリンは信じている。
「そうじゃない……そういうことじゃないよ……」
だって、殴られっぱなしではいない、無抵抗ではいたくないとロウは言ったんだ。
「意地だか誇りだか知らないけど、それはさ、まだ諦めてないってことじゃないの?やけで自分の命さえどうでもいいってことなら、殴られっぱなしでいいじゃん!どうせ死ぬんだから!」
人間の思考がそんな単純じゃないことは分かってる。死にたいけど痛いのは嫌だとかあるかもしれない。自分にはまったく理解できないが。
「感情持ったと思ったら、急に人の話を聞かなくなったな」
それが本来のお前なのかもしれないけど。切れて出血する唇を乱暴に手で拭いながら、ロウはそんなことを言う。成長を見守る慈しんだ眼差しで。
やめてほしい。諦めるなら、全部冷たい目で、踏み潰すように切り捨てていってほしいのに。
「誰も諦めたなんて言ってねぇだろ。最初からお前ら兄弟に逃げてもらうつもりだった」
「どうして……」
だっえ自分たちは、「兄弟」になるまで会ったことがなかった。最初って、いつから?
でも彼が、彼の方こそが話を聞かずに……というかその先を言わせないままに先を続ける。
「オレが初めて惚れた相手だからだよ」
それが、かつて誤魔化された「好き」の返事だというなら、なんて皮肉なんだろう。
「オレもお前も、こんなとこにいるくらいだ。生まれを選べない方だったんだろ。だから、生き方くらい、死に様くらい、好きにしたっていいじゃねぇか。綺麗な家族を守ってやりたいっつう心に従ってもいいだろ。」
オレは何も諦めてない、と彼は言う。
「お前らに託すだけだよ」
殴り合いをした後で、まだふたりの間には物理的な距離が空いていて。なのに彼の目は縋り付くようで。気づけば、ありったけの声で叫んでいた。
「託すくらいなら自分でやれよ!」
あ、やば。と思った時にはもう遅かった。いくら夜だと言っても、巡回だか警備だかをしている職員はいるわけで。大きさからして、今の大声は聞き付けられる気がした。
ここで捕まるとまずいのはいくら何でも分かっている。外の足跡をめちゃくちゃに消して、施設内の廊下をめちゃくちゃに走って、最後にはバラバラに逃げた。
それでも、リンはあと少しで自分の部屋に辿り着くというところで捕まってしまった。どうしてあちこちを走り回ったんだと聞かれて「星が見たくて外に出たかった」と答えた。
職員は無線で誰かに連絡して、「感情の値が」「錯乱かもしれない」と伝えている。自分はどうなるんだろう。彼は捕まらずに済んだだろうか。
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