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第130話
この施設に地下があるなんて、リンは知らなかった。
つくづく、自分はこの数年間、何事にも興味を持たずに生きてきたらしい。それでも確かに、感情なんていらないと言った時の諦めの気持ちは、今でもよく覚えている。以前の自分と前の自分は、地続きで繋がっている。
地下に空調設備などあるはずもなく、入った瞬間に、ひんやりとした肌寒い空気が肌を覆う。壁紙なんて洒落たものを貼る必要も感じられないのか、地中の地肌が剥き出しだった。
階段を降りた先に何があるのだろうと訝しんでいたけれど、なんてことの無い、ただの牢屋だった。
ぶち込む、というよりは、背中を押される程度の力で嬉しくない入室を促される。背後からぎぃ、といかにも錆びついた鉄格子らしい音が聞こえて、鍵が閉められた。
「このまま処分をお待ちください」
その処分は、罰という意味なのか、処理という意味なのか。尋ねても返事はなかった。なのに、淡々と言ったように見えるセトは、必要最低限の言葉を吐いても、この場を去ろうとしない。
「ここ、寒いよ」
だから早く行きなよ。そう促したつもりだったのに、返事は「はい」だけだった。やっぱり感情を察してもらうための、言葉少なの会話って難しいんだ。
どうにもならない状況なのに初挑戦だなんだと呑気なことをしているのは、やけに心がすっきりしていたからだ。感情を「移す」ことをしなくても、相手に吐き出すだけでも、心の靄は取り除かれるんだと知った。でもその相手は誰でもいいわけじゃなくて、きっと彼じゃないと駄目だった。
「貴方の元「兄」も……リョウさんも、限界が近いんです」
本人はただ呟いただけなんだろうが、その一言を自分は聞き逃さなかったし、セト本人も、いつの間にかまっすぐ立っていた姿勢を崩し、俯いて、両手で鉄格子を乱暴に掴んでいた。そうでもしないと喋れないとでもいうように。
「ほどなく、壊れてしまうでしょう。……最期くらいは、会わせたいと思っていたのに」
悔しそうに呟く彼に、兄も含めた脱走計画を立てていたと言ったら、きっと驚くだろう。言わないけど。
冷血人間に見えた彼にも感情があったんだということに、リンはようやく気づけた。彼だけじゃない。兄ふたりはもちろん、父にも――自分を忌み嫌っていた母にも、きっと感情はあった。そこに正当性はなかったとしても。自分の理解の範疇じゃなかったとしても。
そう言ったらロウはなんて言うかな。そんなヤツらのことまでは考えなくていいだろ、とか言いそう。
何も言わない自分がショックを受けてると思ったのか、結局、セトはこちらを見ることなく、足早に地下を去っていった。
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