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第132話

「じゃあ今、もう一回してみるか、兄弟喧嘩」 彼を見る。やっぱり面白そうに笑っていた。 「言っちまえ。「兄さん」に言えてないことも、オレに、全部」 鉄格子が間に1枚あるといっても、隙間があるからきっと彼に手は届くだろう。案の定、手を伸ばしたらぎゅっと掴まれた。これでは上手く逃げられない。大声を出しても、ここなら彼以外には聞こえない。 腕を掴まれる。これじゃあ上手く逃げられない。 過去の、今以上に無力な自分を思い出す。あの時から、感情なんて失っても構わないと思っていた。無くなればいいとすら考えていた。そうして飲み込んだ言葉がある。 僕は、不器用で、口下手で、のろまで、陰気で。だから、兄さん以外に話してくれる人もいなくて。それがとても悪いことのようで。 「どうして……」 施設に来たら、心はどこかに行ってしまった。人形だ怪物だと揶揄され、どうしようもない僕は僕でしかなくなった。 「どうして、僕は僕でいちゃいけないの?」 彼は家族を欲しがった。僕は、家族以外の誰かに受け入れてほしかった。そうしてくれたのが彼だけだった 「たすけて……ロウが、たすけて……!」 固く結んでいた手を解き、彼が指一本一本に優しく触れる。僕の存在を確かめるみたいに。 「いい子だ。ちゃんと言えるじゃねぇか」 ずっとその言葉が聞きたかったんだよと彼は言う。そしておもむろに乾いた手のひらを撫でる。鉄格子の隙間、その細さからはどうしたって頭に触れられないからその代わりかもしれないと思った。 「それを聞いたら、何があっても、お前だけでも全身全霊をかけて逃がしてやろうと思ってたよ」

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