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第133話

どうして。最初に浮かんだのはその一言だった。 僕は、彼にに何もしてない。会ったのだって「仕事場」でのあの、最悪とはいえないけどそれなりに悪い印象にはなるんだろうなという場面がが初めてのはずだった。 「そうだな。でも一方的に知ってた」 「いつ?どうやって?」 ロウは気まずそうに目をそらす。 「……それ、絶対言わなきゃだめなのかよ」 「だめ。納得できない」 でも、言ってしまえば状況とか事実とかはどうでもよかった。ただ彼の心が知りたかった。彼が自分にここまでするのは、単に「兄」だからという理由ではないように思えたから。それ以上の何かだったら、もっと嬉しいから。 「オレはさ、生きてきて、ろくでもねぇことのほうが多かったけど……それでも、綺麗だと思えたものがふたつある」 そして、ロウはそれを見ていれば、「この世界はまだ捨てたもんじゃねぇかもな」と思えた。 「こんなオレにそんな風に思わせるなんて、すっげぇ綺麗だってことだろ」 ふたつのうちひとつは、幼なじみの彼の金糸のような髪だと言った。 「綺麗だと思ってたから、自分とは違うって分かった時、あんなにもやもやしたんだろ」 初めて家族になりたいと、兄になってほしいと願った心は、もしかしたらその美しさに目を奪われた時から生まれていたのかもしれない。今なら、素直にそう思える。 「で、もうひとつはお前。壁越しだったし、本人が覚えてるか怪しいけどな。声を聞いたんだ、綺麗な声と言葉だった。兄弟仲睦まじく想いあってさ。妬みとか嫉みとか、ぐちゃぐちゃの汚い感情じゃなくて、純粋に、心から、初めて「いいな」と思える関係だってすぐに分かった」 当時を思い出して微笑みながら語る彼の姿に、自分のことながら嫉妬した。 「だから、お前ら兄弟は、何としてもここから逃がすって決めてた。それが、こんなクソッタレな場所と「仕事」と実験で、オレが狂わずにいられた理由だよ」 美しい彼らを閉じ込める鳥籠の鍵は、同じ鳥籠の中にいる自分が開ける。空へと飛び立ち、陽の光が反射する羽色に眩しく目を細めて見送る。そんな様を、ロウは何百回、何千回と想像していた。

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