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第136話

「でも、いつの間に……」 「お前の世話係が隙だらけなのが悪い」 暴れる振りをしてすったらしい。リンと会話をした後、セトは顔には出さずとも落ち込んでいた。長年世話をしていれば情も移る。そんな兄弟を自ら処分しなければならない。実の兄弟ふたりを会わせたいのに、それすらもできそうにない。もともと彼は押し隠しているだけで、感情がないわけじゃなかった。 「もともと、前はこれで金目の物稼いで暮らしてたしな」 「……そういうの、よくないと思う」 「早速二度目の兄弟喧嘩でもするか?」 「しばらくはいいよ。疲れるし。ただ、僕は嫌いってだけ」 他人の感情を利用しなければ、生きるのが難しいことくらいは分かってる。彼の手癖の悪さがあって初めて、自分たちがこの施設から抜け出せることも。 それでも、彼にはそんな風に生きてほしくないと思うのは、自分の勝手だ。せめてここから出たら、お互いに昔の生き方をしなくていい場所に行きたいと思った。過去を否定する気はない。ただ過去より前に進みたかった。 「お前でも、嫌いとか言うんだな」 「……初めて言った」 「そっか。じゃあ、初めての「嫌い」はオレのもんだ」 嬉しそうに笑った後、もう一度柵越しに手を繋がれた。温かい手だった。 「……ずるい」 また利用してるじゃん。ちょっと触れられただけで、拗ねていた機嫌も直りそうになる。 「なんで」 「どうしたって僕は、アンタを嫌いになれない」 「家族って、そういうもんじゃねーの?」 「それは夢の見すぎ」 父のことも義母のことも思い出す。憎悪という激しい感情はなかった。そこにあるのは怯えや萎縮だけで、けれどそれも無条件の好きとは遠い感情だ。 「でも、ロウとならそんな家族になれるかもね」 リンが拗ねて「嫌い」と言っても、笑って許すような男だから。 無条件で好きになって、どうしたって嫌えない、血の繋がらない家族。それは兄弟というより、相思相愛の夫婦のようだった。

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