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第141話

兄の部屋に入る前、リンはどうしても体がすくんだ。 ロウと立てた作戦はこうだ。兄のリョウをリンが連れ出す。そして誰もいなくなった彼の部屋に爆薬を放り投げて扉を閉める。その隙にふたりは、全力疾走でもして、できるだけその場から離れる。このできるだけは、彼が小さく爆破させる脱走口に近い方。そして、彼が調べた、駆けつけてくる職員たちが通らない廊下。職員が大きな爆発に気を取られているうちに逃げるという算段だった。 狂ったとされ、何も与えられていないリョウの部屋からの異音に、職員はどうしても駆けつけざるを得ないし、大きな柱や部屋の位置を考えたところで、ここが一番異常に思えはするが被害は少ない場所……らしい。 とはいえ、きちんと扉が閉まっていなければ、速く、遠くに走らなければリンもリョウも爆発に巻き込まれてしまうだろう。兄の状態も考えると、やはり一か八かの賭けには違いなかった。 しかし、リンの体がすくんでいたのは、先を憂いたからじゃない。今が怖かったからだ。もう全て思い出していた。鮮やかな記憶、ぼんやりとした情報、明度に差はあれど、義母に打たれた痛みと兄に拒絶された時の閉塞感は、頭の中で点滅しながら再現され、何度も自分を苛んだ。もう感情がないなんて言い訳ができないほどに。 そもそも、この扉の仕組みからして、兄が自分を入れようと思わなければ開かない。外側の管理はロウが壊していてくれたとしても、だ。 どうしよう、と考えていたところでいきなり扉が開いたので驚いた。それは扉の向こう側、部屋にいた彼も同じだったらしく、目を丸くする。 「リン、きてくれたんだね!」 それから、幼子のようにこっちだと袖を引っ張られた。 「さっき小鳥を見つけたんだよ。すぐ飛んでいってしまったんだけど、リンがいたら寄ってきてくれたんじゃないかと思うんだ」 そしてリンもまた、彼の中では大切にすべき幼い弟へと入れ替わっているようだった。 また来てくれないかな、とリョウは無機質な白い壁を指さす。そこに窓は無い。小鳥なんて来るはずもない。 ロウは兄が狂ってはいないと言った。しかし自分にはこの行動が狂っているのか演技なのか、とてもじゃないが判断できない。

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