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第142話
「じゃ、じゃあさ、兄さん……もっと別の場所に、小鳥を探しに行かない?」
狂ってないなら察してくれる。狂っていても、弟のお願いを聞き入れようとしてくれる。探るような計算の中で咄嗟に出た提案だった。
「……林の奥の泉、とか」
幼かったリンがはっきりと立地を覚えている景色は少ない。家より離れた場所としてふと思い浮かんだのが、忌むべき記憶を持った場所であってもおかしくなかった。
兄は目を細め、不安そうな眼差しを向けた。水浴びの記憶を思い出したなんて言ってないし、言いたくないのに。
「……そこは、嫌いだな」
嫌いという言葉を聞いただけで、ひゅっと息が詰まった。泣いちゃダメだ。妙な素振りを見せても駄目。悲しみなんか抱いていたら、この作戦は上手くいかないから。
「ああ、そんな顔しないで」
兄は慰めるようにリンを抱きしめた。最後にそうされてから時間は経っていないはずなのに、あの時とは違うと感じた。兄の肩はこんなに華奢だっただろうか。しばらく姿を見ない内に、やつれていた。どうしてという思いと、やっぱりという気持ちが交差する。だから、油断していた。自分が今からしでかそうとしていた行為に対して。
「リン、これなぁに?」
「あ……」
しまいこんでいたはずの爆薬を、目ざとい兄は見つけてしまった。そして手際よくひょいと取り上げる。
「新しいおもちゃ?どうやって遊ぶんだろう」
「だめ、兄さん……!」
彼は新しい遊び方を発明する子供のように目を輝かせた。
「だめ……?ああ、分かった、みんなに内緒で離れから取ってきたんだね」
だめという言葉は理解しているだろうに、彼はそれを弟に返そうとはしなかった。
「全部、僕のせいにすればいいよ。リンは何も悪くないんだから」
兄はふわふわとした羽を捕まえるように、爆弾を放り投げて遊ぶ。駄目だ。そんなことしたら爆発してしまうかもしれない。
ロウは、兄が狂っていないと言った。リンもそれを信じたかった。けれど、兄をよく知っている自分からしたら……今の彼は、振りなどではなく、本当の幼子に見えた。狂っているように見えてしまった。
どうしよう。迷っても答えが出る問題じゃない。もしかしたら出ているのかもしれなくても兄を置いて施設を出るか、施設に留まり処分を待つかの2択しかないとしても――どうしたって、自分で選べるはずもなかった。決心がつかない。兄がどうなっていたとしても、自分は彼と生きていたくて。ふたりの兄と自分とで、家族になりたくて。
「泣かないで、リン」
とん、と肩を押された。不意をつかれたので半歩下がる。いつの間にか後ずさりをしていたらしく、それだけで、もう部屋の外だった。
「お兄ちゃんだってね、弟を守りたいんだよ」
抱擁は一瞬。最期の言葉を耳に囁き、兄は扉を閉めた。
「兄さん!開けて!兄さんっ!」
扉をどんどん叩く。しかし兄の気配は遠ざかっていく。壁に向かって歩いているんだと思った。そこに、幻の窓が見えているんだろうか。
兄は最期に言った。頬に、家族としての親愛のキスを残して。
「いってらっしゃい。気をつけて。……彼と、仲良くね」
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