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第143話
リョウの中で、狂う日と自分に戻る日は交互にやってきた。それが半日、数時間と感覚が短くなっていく。
感情を移す薬の副作用だというのはすぐに理解した。自分が自分でなくなる感覚は、どうしようもなく恐ろしいのに、次の日はそんな恐怖も忘れていく。羽か抜け、風に舞うように、ずっとふわふわとした感覚に包まれていく。
それでも、彼が……自分と同じように、弟であるリンの絶対的な味方である「兄」が訪ねて来た日は、比較的狂ってなくてよかった。
ここから抜け出したいんだね。僕も連れていく?駄目だよ。僕はもうすぐ、本当に駄目になってしまうから。今は調子がよくても、逃げる途中で足でまといになってしまうかもしれないし……もう先が長くないことは、自分でも分かっているんだよ。
その想いが伝わらなかったのか、それでも諦めきれなかったのか、最後に、今度はリンがやってきた。
注がれた感情以上に大切だったのは、自分で抱いた想いだ。弟が大切だった。だから躊躇う弟の代わりに、躊躇わず動けた。
自分勝手な自己満足だ。実の兄を目の前で失って、リンは悲しむだろう。涙が止まらなくなる日が来るかもしれない。それでも、どうか乗り越えていってほしい。
最初から狭い世界にいた僕たちだった。ならばせめてあの子だけは、広い世界で生きてほしかった。この感情は、愛と名づけていいものだろうか。
窓を開け放つ。おかしいな。風が吹いていない。ここを開けて、弟ふたりを外に送り出したいのに。風の感覚を確かめようと手を伸ばす。目の前には草原が広がっているのに、ぺたぺたと壁に触れる感覚しか無かった。
おかしいな。何かを叩く音がする。リンが急かしているのかな。しょうがない子だね。でもそんなところも可愛いんだ。もうちょっと待ってて。あちこちを触っていると、自分の手から何かが落ちた。
さっき、リンが不安そうに握っていたおもちゃだ。大丈夫。お兄ちゃんが取ってきちゃったことにするね。だからリンは怒られないよ。落ちたおもちゃから留め具が外れていることに気づく。ああ、直さなきゃ。リンががっかりしちゃう。
拾い上げようとした時に、爆発が起こった。
痛みは一瞬。死ぬ直前になって頭は少しだけ冴えて、走馬灯が巡っていく。
最期に言えてよかった。自分の気持ちを。
……あれ?ぼくはなにをいったんだっけ?
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