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第144話
リンが目を覚ますと、眼前には星空が広がっていた。
せり出した崖の真下、浜辺にある小さな物陰に自分は横たわっていたようだ。
息を吸う度に、上下する胸の下がぎりぎりと痛む。
「起きたか」
かろうじて動かせる範囲で横を向くと、ロウが泣きそうな顔で声をかけてきた。
想定外の爆発が起こったこと、そのせいでリンは崩壊する壁ごと施設の外に飛ばされ、地面で強く背を打った。そんな彼を背負いながら、ロウはここまでなんとか逃げてきた。
追っ手の気配はない。自分たちを探すより爆発の後処理に追われているんだろう。
無理に起き上がろうとすると、彼が背中に手を添え支えてくれた。ぱらぱらと背についていた砂粒が剥がれ落ちる。
「兄さん……兄さんを、お、置いてきてしまった……」
爆煙と炎が渦巻く、彼の部屋へ。自分は目の前にいたのに、助ける間もなく気を失っていたなんて。戻らなきゃいけない。たとえ体が軋んで痛んだとしても。そんな意思を示すために、彼の手を借りず背を伸ばした。痛みで呼吸が詰まり蹲ると余計に苦しくなった。
「無理に動くな。骨の一本や二本、たぶん折れてる」
それに、お前の兄は、もう……その先を、彼はどうしても言葉にできないようだった。
「……そっか。そうだよね」
あの規模の爆発に、巻き込まれるどころか中心地にいて、助かるはずがない。心では分かっている。でも体は動こうとする。動きたいのに動けない。自分の中で反発が起こっている。
リンがよろよろと起き上がると、何かに躓いた。彼が集めてきたらしき木々の山と、植物の蔦。これを組み合わせて板にするんだろうか。自分たちはそれで海を渡り、遠くに見えている小さな島に行く。それを繰り返してどこまで行けるのだろう。何を考えていいのか分からない頭でぼーっと考えた。拳を握ると肌に爪がくい込み、きりきりと痛んだ。
「……哀しい時くらい、哀しい顔しろ」
「え……?」
「泣いていいんだ。ここでお前が泣いても、咎める奴は誰もいない」
そうだった。感情値などもう計られることもなく、自分たちは泣いたり笑ったりして、好きに生きていい。
なのに、いざ放り出されて自由だと言われると、涙の一粒も流れなかった。悲しいのに、胸にぽっかりと穴が空いたような喪失感は確かにあるのに。ひとり放り出された子どものように呆然とした。
「これなら、泣けるか……?」
ロウはリンの体を気遣って、そっと抱き寄せた。胸に顔を埋める形になる。泣き顔を見られたくないと考えてくれたんだろう。しかしリンの心を揺らしたのは、彼の温もりだった。爆発による火災の中でリンを運んでくれたからか、少し煤けた匂いもする。
あったかい。と思ってすぐ、涙が溢れて頬を伝えだした。喉の奥で噛み殺していた言葉が、慟哭と混ざって止まらなくなる。
「兄さんと……もっと遊びたかった……空を見て、鳥の名前を教えてもらいたかった……外に出て、煉瓦道を手を繋いで走って……前みたいな、兄弟に戻りたかった……!」
後悔と哀しみなんて、なんて非合理な感情。でもロウは決して否定しなかった。それどころか、頭に冷たい粒が落ちてくる。雨じゃない。だって、さっき見た夜空には星が瞬いていた。
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