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第145話

「……なんで、アンタも泣いてるの」 「救いたかった……!ふたりとも救うって、決めてたのに……なのに……ッ!」 涙を見せまいと拭って、時おり鼻をすする。 「あのね、兄さんは言ってたよ」 兄の最後の言葉を、涙と一緒に流してはいけない。そして、彼にも伝えたかった。 「いってらっしゃい。気をつけて。……彼と、仲良くね、って」 そう伝えると、ロウは余計に泣いてしまった。彼はこんな風に泣くんだ。声を押し殺して、歯を食いしばって耐えるように。 ふたり分の涙に触発されたのか、感情があふれて止まらない。 寂しい。悲しい。兄がもういないことが。彼が泣いていることが。 その気持ちを向ける先が分からなかった。似た感覚を味わったことがある。自分の罪に気がついた時、どうにかしたいけどどうにもできなくて、しちゃいけなくて、でもひとりは嫌で慰めを求めた。 「……っ」 体重をかけると、油断していた彼はすぐ後ろに倒れた。怪我をしていた自分を動かさないよう抱きしめてくれていたから、思いっきり背中を打ちつけた。 「おい……っ」 息が詰まった彼に馬乗りになって、彼の頬を伝う涙を舐める。しょっぱかった。悲しさと悔しさの味がした。唇にたどり着く前に、リンの両頬を彼の手に包まれて止められる。 「こういうのは、本当は、幸せな時にした方がいいんだよ」 「だったら……この寂しさは、どうすればいい……?」 泣きじゃくるのを止めるように口付けが落とされた。ただし、額に。 ふたりの薬の効果はいつ抜けるか分からない。もしかしたら一生抜けないかもしれない。それでも、今のこの感情だけは互いに移してはいけないから、体液を介さない。だけど、感情が伝われと思って何度も触れるだけの口付けを繰り返した。 「お前は、あの兄に大切にされてたな」 「……うん」 「オレじゃあ、どう足掻いても代わりにはなれないけどさ」 「ならなくていいよ」 「だったら、覚えといてやれ。アイツの優しさを、全部」 そのためにも、生きていかなきゃな。ふたりで。そう言って彼は星空を見上げた。リンもつられて上を向く。彼の顔も見える。きっと四苦八苦しながら、リンを背負ってここまで来て、そして半ば力任せに木々の破片を組み合わせて板に変えようとしていたんだろう。頬が煤や砂で汚れていた。それを見て、綺麗だと心が動く。そんな当たり前のことがようやくできた。当たり前が分からないほどに、自分たちがずっと暮らしていたのはちっぽけな檻の中だった。 「……ああ、綺麗だな」 リンと星空を一緒に見ていた彼が呟いた。気がつけば彼は星ではなくこちらを見ていて、がさついた手のひらが再びリンの顔を包んだ。瞳いっぱいに彼が映る。 星とぼろぼろの自分じゃ、美しさの比較にもならないよ。でも彼の瞳を覗き込めば、そう言いたがるのもわかる気がした。 ふたりの兄が連れ出してくれた世界は、とても美しい。 「外の世界って、すげーらしいな。海の向こうは、吹く風も違うらしいぜ。マグマとかオーロラとか見えたりすっかな」 彼が見たがっている景色の多くを、リンは知らなかった。ロウは火がどろどろの水になっている景色や、空に色とりどりの紗幕がかかった景色のことだと教えてくれたけど、そんなものが本当に海の外に存在しているのかは分からなかった。変な本の読みすぎだよ、と思ったけどそれは別の言葉にした。 「僕も、見てみたいよ。……これから、見に行こう。ふたりで」

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