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第146話

面倒見はいい。なのに、ロウには大雑把なところがあった。 浜辺で木を継ぎ接ぎにして作った舟はほぼ板だったし、「雲の流れくらい読んでやるよ」と自信満々に言っていたくせに、途中から頼りない板は波でぐらぐらと揺れた。 リンは動ける体じゃなかったから、道中なすがままで、舟は最終的には波に分解された。 結局は、ロウがリンを背負って泳いで、倒れ込むように小さな離れ島に着いた。倒れる瞬間に、ふたりで笑った。初っ端からとんでもない旅になった、と。 たどり着いた場所はもう、自分の育った国では外国として扱われている島だったが、言葉は似ていて少しだけ通じた。 着のみ着のまま流れ着いた、「兄弟」だというふたりを、島民たちは村に置いてくれた。空いていた茅葺き屋根の、ほとんど倉庫となっていた家を一時的に貸してくれた。 「んじゃ、いってくる」 毎日、ロウは籠をもって彼は外に出かける。一方でリンはといえば、もうほとんど治ったと言っているのだけど、過保護な「兄」に説得されて家に残る。 あの国とは違うとはいえ、まだ離れたとはいえなかった。距離も近いから追っ手が来ないとも限らない。 ならばもっと丈夫な舟を作って別の国に行こう、と、彼は家を借りているお礼も兼ねて、職人たちの仕事を手伝い、その隙間時間に技術を習っているらしい。乱読した本の知識が意外なところで役に立つんだと笑っていた。 リンはまだあまり動かないように言われているので留守番だ。時おり、家でもできることを手伝う。大雑把すぎる彼が苦手とするこまごました作業だったり、料理をしたりだ。 今朝も菓子を作った。木の実を砕いて蜜で固めた単純なものだが、前にお裾分けだと島民からもらったものが美味しかったので、見よう見まねで作ってみた。ロウは野菜が苦手だからどうだろうと思ったが、甘い物を初めて食べた彼は目を輝かせてあっという間に平らげたので、飽きるまで作ろうと思った。 ロウ出て行ってから少し時間が経った。寝ているだけも申し訳ないし、体が鈍ってしまうので、帰ってくるまでに部屋の掃除をこなしておく。むしろ体は動きたくてうずうずしているというか、なんともいえないもどかしい感覚を持て余しているので、雑念を捨てるにはちょうどいい。 今頃、彼は職人たちとおやつ休憩だとかいって、持たせた菓子を頬張っている頃だろうか。そう思っていたのに、彼の帰りは早かった。この島の気候なのかそういう季節なのか、いつも日が暮れるのが遅い。外を見ると時刻は夕方、景色は昼間と言って差し支えない頃合いだった。 戻ってきたらいつも意識的に、自分が言いたいのも彼が聞きたがるのもあって「おかえり」と口にする。 しかし今日はそれどころじゃなかった。リンが迎えに出るなり、彼はこちらに抱きついてきた。受け止めると、力が抜けたのかそのまま身を委ねてくる。 体格差はあれどほんの少し(だとリンは思っている)。支えられないことはなかった。背中に手を回すと、安心したかのように彼が深く呼吸する。 「ちょっと、どうしたの」 「だるい……あと腹減ってんのに食べようって気がおきねぇ……」 だから持たせた菓子もそのままで、ごめんなと言う。喋るのも辛いなら、そんな瑣末なこと無理に言わなくていいのに。 「……薬の離脱症状かな」 その感覚にリンも覚えがないとは言わない。体の痛みでそれどころじゃなかったけれど、倦怠感と頭痛は思い出したかのように時おり襲ってくる。それと引き換えに、口づけて唾液を絡めても、自分の中から想いが抜け出していくことはなくなった。 そもそも、施設に飲まされていた薬が、感情の移行の他にどんな副作用があったかなんて分からない。自分たちの脳は既に手遅れなほど破壊されている可能性も、ないわけじゃない。 それでも生きられるだけは生きて、いつかは幸せだったと笑って死んでやろう。この島に来てしばらくした頃、彼とそう約束した。 ぼーっとしていて無抵抗なので、リンはロウを引きずられるように(やっぱり体格差はある)寝台に連れていき寝かせた。 「それでか。あの親父たち、いつも怒鳴ってばっかなのにさ、今日は早く帰れってやけに優しいんだよ」 「可愛がられてるんだよ」 最初こそ島の職人たちにも警戒されていたらしいが、彼の遠慮のなさは今となっては好意的に受け取られていると思う。 ロウに布団を被せても大人しくする気配はなかった。むしろお前も入れとばかりに場所を空けられた。が、少しの時間も待ちきれなかったのか、結局腕を捕まれ引きずり込まれた。 「あったけーな」 耳元でそう囁かれたら胸がきゅうっと締められる心地がする。痛いのに嬉しいなんて変な感じだけど。 彼に後ろから抱きしめられていると、どうしても変な感じになる。もぞもぞしていると、脚を絡ませられた。

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