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第12話
夜になると横浜の雰囲気はガラリと変わる。
煌々とした電飾やビルの明かりが大人っぽい雰囲気を醸し出し、クリスマスシーズンだったらイルミネーションがきれいなのだろう。
イリヤは会食があるから夕飯はいらないと連絡がきていたので、横浜周辺を散策していた。
(もう三週間になるんだ)
パーティーに参加してから時間が早回しをしているように過ぎていく。
やること、学ぶことが多く休む間もなく充実しているからだろう。
そのすべてが自分の肥やしになり手ごたえを感じている。
でも、と夜空を見上げた。
フロントとしての振る舞いはできても、旅館を建て直すことに繋がるのだろうか。
(これじゃただホテルの研修に来ただけだよな)
三毛がやっていることは間違いではないだろう。けれど一瞬で旅館を立て直せるような名案ではなく、亀の足のようにじわじわ進んでいるに過ぎない。
もっと手っ取り早く、どうにかしないと。時間はそこまで長くあるわけではない。
やはり当初の目的のようにどこかの令嬢を引っかけて出資してもらった方がいいように感じる。
ふとイリヤの顔が浮かんだ。汚したスーツ代を返す名目としてだが、三毛を雇ってくれた。ホテルの在り方を、イリヤの夢を教えてくれた。
その想いを裏切るような真似をできるのだろうか。
家族とイリヤを天秤にかけ、どっちつかずのままグラグラと揺れている。
(……この匂いは)
砂糖を焦がしたような匂いに鼻を押さえた。発情した匂いはどうも好きになれない。
こんな往来で、と思ったがいつのまにかパーティー会場のホテル前まで来ていた。
仕立てのいいスーツやドレスを着た男女がぞろぞろと階段を降りてくる。また御曹司たちのパーティーがあったのかもしれない。
大勢の人が降りてくる中、胡桃色の髪に目を奪われた。イリヤだ。
イリヤはドレスを着た女性と腕を組んで歩いている。時折耳元でなにかを囁きあって、くすぐったそうに笑っていた。
さぁと血の気が引く。
見たくない。
逃げ出したい。
それなのに足は杭を打たれたようにびくりともしてくれなかった。固定されたままイリヤの顔をみつめさせられている。
三毛の視線に気づいたのかイリヤと目が合った。だがイリヤはすぐに視線を逸らして、女性と共に待たせていた車に乗り込んでしまう。
ちらりと見えた運転席には灰谷の姿があった。三毛に気づき、会釈を返してくれる。
車が見えなくなると金縛りが解けたようにやっと呼吸ができた。
「三毛くん?」
名前を呼ばれて振り返ると私服姿の高田が立っていた。手にはショップ袋が握られているから買い物でもしていたのだろう。
「こっちまで来るの珍しいね。家、横浜だっけ?」
「いえ、ちょっと散策してて」
「そうなんだ。よかったら夕飯一緒に食べない? いまご飯食べようかなって思ってたんだ」
「いいですね」
貼りつけた笑顔を浮かべて楽しそうな声をあげる。なんて造作のないことだろう。心の中は土砂降りのように雨が降っているのにあたかもそんなことがないと取り繕える。
そのちぐはぐさが、心を狂わせた。
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