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第15話
地元に戻ってきて三カ月が経った。三毛は一日の大半を布団の中で過ごしている。
季節は移ろい、いつの間にか夏になっても三毛の心はあの頃のまま囚われ続けていた。
『丞ちゃん、朝ごはん持ってきたわよ』
やさしい声音にぴくりと耳が反応する。母親代わりにいつもご飯を作ってくれる女将だ。部屋から一歩も出ない三毛を心配して、毎食きっちりとご飯を届けてくれるがほとんど口にしていない。
部屋の前には昨晩の料理が手つかずのまま置いてあるのを見て、女将が嘆息を漏らす音が聞こえた。
『若社長はどうだ?』
『だめ。昨日も食べてなかったみたい』
『そうか』
今度は板長だ。みんな時間があれば代わる代わるに様子を見に来てくれる。そのやさしさが辛い。
『まだアイツは寝ているのか!』
どしどしと恐竜のような足音をさせてやってくる音に身体が震えた。慌てて布団を被ると同時に襖が開かれる。
「いつまでみんなに迷惑かける気だ!」
「……ごめんなさい」
「いいから部屋から出て来い!」
「社長、そんな無理強いをしちゃ逆効果ですよ」
「構わん! こいつは昔っから甘ったれなんだ!」
女将の制止をもろともせず、父親に布団を引っ張られて抵抗するもここ数日まともに食べていないので力が入らない。いとも簡単に布団を剝ぎ取られて醜い姿が露わになった。
猫耳と尻尾がにょろりと顔を出す。横浜を飛び出して以来、ずっと出続けている。元々自分の意思で出し入れをできるものではなかったので、どうすればいいのかわからない。
「いつまで親のスネを……ごほっ、ごほ」
「社長、無理はいけませんよ。まだ病み上がりなんですから」
口元を押さえた父親は何度も痰が絡むような咳をした。退院したばかりだというのに三毛のせいで現場に出ているからだ。
咳が止まらなくなり、板長に連れられて父親は自室へと引き下がった。ようやく静かさが戻ってきて、再び布団を被って籠城を決め込む。
「横浜でなにがあったの? 私にも話せない?」
幼少期より育ててくれた女将にはいろんな相談事をしてきた。友だちと喧嘩したときも進路を決めるときも。みんなが母親にすることであろうすべてを女将と築いてきた。
でもこんな話、女将にもできない。
猫憑きが気持ち悪いだなんて思わなかったのはここのみんなのお陰なのだ。
可愛い耳と尻尾だともてはやされ、自分は特別なのだと息巻いていたあの頃が恥ずかしい。なんて浅はかで小さい器の中で見栄を張っていたのだろう。
イリヤの冷たい目を思い出すだけで再び涙が溢れてくる。あれほど泣いて干からびていても、際限なく湧き出てくる厄介な涙。
しくしくと泣き出すと女将はやさしい手つきで背中を撫でてくれた。
「よっぽど辛い目に遭ったのね。大丈夫、ここはみんな丞ちゃんの味方よ」
いまはそのやさしさに甘えていたい。もう少しこのまま。そしたら元気になるから。
譫言のように繰り返すと女将はうんと頷いてくれた。その心地よい声を聞きながらいつの間にか眠ってしまった。
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