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スモーキーミルク【9】
それからわずか二日後、大賀峰はボディガード二人を連れて八尋を迎えに来た。
「あの大賀峰一族の方に見初められるとは、さすが八尋さんです」
「環くん、違うから。そういうんじゃないから」
見送りに出てくれた環が冷やかすようにそう言ってきて八尋ははぐらかすように答えた。
大賀峰との関係を説明するのは難しい。
昨日実家にも大賀峰の家で世話になると電話伝えると、八尋が玉の輿を掴んだと父母妹が大いに騒いだ。八尋が散々説明しても「はいはい、とりあえずはそういうコトにしたいのね」と取り合ってもらえなかった。
「白駒さん、手続き終わりました。行きましょうか」
「ああ。わかった」
敬語で話す大賀峰と、軽い態度答える八尋。二人を見てさらに驚く環に別れを告げ、八尋はシルバーのメルセデスに乗り込んだ。後部座席に座る八尋の隣には大賀峰が座る。
「出してくれ」
大賀峰の指示で車は滑るように走り出し、施設を後にした。
十年閉じ込められると覚悟していた場所から、ひと月と経たず出られることになるとは思いもしなかった。
「白駒さん、紹介します。ボディガードの相田 と岩村 です」
大賀峰のその言葉に助手席に座っていた女性が振り向いた。
「白駒様。相田と申します。こちらは私の部下の岩村です。私共は大賀峰グループの護衛チームに所属しており、今後白駒様がお出かけの際にはこの二人で護衛させていただきます」
相田は三十代半ばくらいのショートカットの女性で滑らかで丁寧な口調で自己紹介をしてきた。
「岩村です。よろしくお願いします」
運転している岩村はルームミラー越しに会釈する。身体が大きくスーツ越しにも分かるほどの筋肉質な男性で、年齢は四十代くらいに見えた。
「白駒八尋です。お世話になります」
八尋は緊張しながら返事をした。
「二人ともβですのでご安心を」
特に心配はしていなかったが、大賀峰が付け加えるように告げてきた。
「二人を連れていけばある程度は自由に行動出来ますので、行きたい所あったら遠慮せずに言ってくださいね」
大賀峰は実に楽しそうに話す。
二十代でそこそこ遊んで一人の方が気楽だと思っていた八尋だが、大賀峰と出かけるイメージが浮かび心が躍る。だがボディガードを連れて出かけるとなると、毎回費用もかかるだろう。必要最低限にしなくては、とも思う。
「ああ、ありがとう」
八尋は大賀峰に笑顔を向けて礼を述べる。大賀峰も照れたように笑顔を返してきた。
金銭面は気になるのだが、ひと月弱の軟禁生活から解放され、車窓から見える景色にもワクワクしてしまう気持ちは止められなかった。新たな生活が始まるのだという実感がじわりと胸に広がる。
車は一時間程度走り、億は下らなそうなマンションの地下駐車場へと入った。駐車場からエレベーターがあるホールに入ると、ホテルのようなカウンターからスーツ姿の男性が「おかえりなさいませ」と声を掛けてくる。これはひょっとしてコンシェルジュとか言うヤツだろうかと八尋はソワソワした。
四人で乗り込んだエレベーターは、十六階で停止した。
広いエレベーターホールに出た時、八尋はあまりの世界の違いに倒れそうになった。
建物はゴテゴテした豪華さではなくシンプルなのだが、天井の高さとか土足なのにフワフワな絨毯とか、どこもかしこも高級だと八尋でもわかる作り。
思わず口から驚きの声が漏れてしまいそうになったが八尋は平静を装った。口を開けば貧乏人だとバレそうで恥ずかしい。そんな見栄を張っても仕方ないのだが。
家賃は無いと言っていたが、管理費でも凄い金額なのではないだろうか。しかしもう聞けない。聞けば「半分払う」と言いたくなるが、きっと払える金額では無い。もう八尋には世間知らずを通す選択肢しか無いのだ。
数歩歩いてすぐに大きな玄関扉が現れた。顔認証らしきシステムで大賀峰が扉を開けると、これまたそこだけで二十畳はありそうな広い玄関ホールが目の前に広がった。
「望さん、おかえりなさい」
すぐに中から五十代くらいの女性が出迎えに現れた。
きっと大賀峰の母だと思い、八尋は慌てた。
「あ、あのっ、白駒八尋と申しますっ。この度は望さんのご厚意に甘えることになりましてっ、どうぞよろしくお願いします」
深く頭を下げた八尋に女性は品が良く、それでいて親しみやすい笑顔を向けた。
「多歌子 と申します。大賀峰家で長年ご厄介になってる家政婦です。よろしくお願いしますね」
「あ……家政婦さん……」
八尋は自身の勘違いに顔が熱くなるのを感じた。
「多歌子さんは僕が子供の頃から面倒を見てくれている母親より母親のような人です。僕がいない時に困ったことがあれば多歌子さんに言ってください」
大賀峰が八尋の勘違いをフォローするように説明してくれる。多歌子はその様子をニコニコ見つめている。
「それにしても、あの小ちゃかった望さんがこんなイケメンなΩの恋人さん、連れて来るようになったなんて! 長くお勤めしてて良かったわぁ〜」
「た、多歌子さん! だから白駒さんとはそういうんじゃないって説明したじゃないですか!」
多歌子の言葉に、大賀峰は首まで真っ赤になって玄関ホールに響き渡る声で否定した。
「ああ、そうでしたね。まだ違うって言ってましたね」
多歌子は飄々とそれを受け流す。多歌子は望にとって本当に母親のような人なのだと感じた。
(そりゃ、αがΩと一緒に住むって言ったらそう思うよな)
八尋はそう思いつつ苦笑いで二人を見つめた。
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