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スモーキーミルク【10】

 それから一通り部屋を案内してもらった。  中もまるでモデルルームのようだった。 「この部屋を自由に使ってください。荷物は運び入れておきました」  そう案内された八尋用の部屋。前に住んでいたアパートの三倍以上の広さがありそうで、家具はウォールナットらしいシックな色合いでまとめられた高級感漂う内装だった。さらに仕事用らしいデスクには大型モニターが三台と、背もたれの長い革張りの大型チェアが据えられ、リモートワークへの万全な体制が整えられていた。 「すごいな……会社の百倍快適そうだ」  さらに部屋の奥に鎮座したベッドが目に入った。ダブルよりも大きい気がする。しかもシャワールームまで付いている。 「寝室と仕事部屋、分けたほうが良かったですかね。ベッドはPCのカメラには映らない位置になってますが、別のほうが良ければまだ使ってない部屋があるんで、」  ベッドを驚いた様子で見る八尋に大賀峰が予想外の方向の提案をしてくる。 「いやいやいや、全然大丈夫だっ。現状でも勿体なすぎるよ」  正直、広すぎて落ち着かない。庶民の八尋としては、さっきチラリと見させてもらったウォークインクローゼットでも十分な広さだった。 「何か足りなかったら遠慮せず言ってください。生活する上で我慢するとストレス溜まりますし」 「う、うん……。ありがとう」  至れり尽くせり過ぎて、申し訳なさすぎて、それがストレスになりそうなくらいだった。  最後にリビングから続くバルコニーを見せてもらった。 「に、庭じゃんっ!」  そこに出た途端、八尋は声を上げた。  十六階と言うこともあり一般のベランダのような手摺ではなく、壁で囲まれた中庭のような空間があった。ウッドデッキ調の床材が敷かれ、一角にはゆるくカーブを描くように芝生が植えられている。人工芝かと思ったらちゃんと生きている芝だ。さらに端には木まで生えている。壁で地上は見えないが上はどこまでも続く青空だ。 「タバコ吸うのに良いでしょう! タワマンの方がセキュリティ面は安心だとは思ったのですが、窓が開かない物件が多いし、白駒さんはリモートワークで長時間家にいることになるから、外に出られた方が良いと思って! あ、ここでもセキュリティは十分なので安心してください」  嬉しそうに説明する大賀峰に八尋はあることに気づき深く溜め息をついた。 「……お前、ここ前から住んでる部屋じゃないんだな」 「あっ……」  大賀峰は『祖父から譲り受けた既に住んでいる物件』と八尋に話していたはずだ。だが今の大賀峰の説明だと、ここを八尋の為に選んだような言い方だった。 「せ、説明した時には既に住んでたので嘘は言ってませんっ!」 「お前なぁ」  大賀峰が必死に弁解する様子に八尋はあきれた声を漏らした。  まったく、この件に大賀峰がいくらかけたのか。八尋はもう怖いを通り越して笑えてきた。  「アハハ」と笑う八尋を大賀峰が不安げに見つめる。 「大賀峰、本当にありがとうな。俺に何が返せるかわからないけど……」  八尋は笑いつつ大賀峰に改めて礼を述べると、大賀峰が意を決したように八尋を見つめてきた。 「し、白駒さん、あの一つお願いと言うか、提案なんですが……」 「ん?」 「名前で……呼んでもらえませんか。その家でも『大賀峰』って、その……気が休まらないと言うか……」  確かに先ほど紹介された家政婦の多歌子も『望さん』と呼んでいた。ボディガードの相田と岩村も大賀峰グループの配下となると大賀峰のことは名で呼んでいる可能性が高い。八尋がその提案を拒否する理由はまったく無かった。 「いいよ。望さん? 望くん?」 「よ、呼び捨てでお願いします」 「ん、じゃ望で」 「は、はい!」 「じゃあ、俺のことも八尋って呼んでよ」  当然のように八尋が提案すると、望は目を輝かせた。 「い、良いんですか?!」 「フハッ、もちろん。呼び捨てでいいぞ」 「……それは、無理です。……八尋さんで」  照れて首まで赤く染める望が可愛いと感じ、八尋は笑った。 「ん、まあ好きに呼んでくれ。じゃあ改めてこれからよろしくな、望」  八尋はそう言い握手を求めて手を差し出した。 「はいっ! よろしくお願いします! や、八尋さん」  望は大きな手で八尋の手をしっかりと握り、握手を返してきた。

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