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スモーキーミルク【20】

 月曜日。八尋は仕事も落ち着きつつあり、午後はホームセンターへガーデニング用品を買いに行くことになった。  望と話していてバルコニーでのガーデニングを本当にしようと決めたのが昨晩。そして今日の昼前に望から『岩村が午後空いているのでホームセンターにお連れします』とメッセージがきた。『岩村一人しかつけられなかったので重々ご注意を』とも念押しされた。  二時頃に岩村が迎えに来て、二人で一番近いホームセンターへ向かった。  店内の園芸コーナーで物色しつつ、野菜の種を蒔くには今の時期がギリギリか、少し遅いくらいだと知った。望はスイカと言っていたがさすがに難易度が高すぎるので、ミニトマトの苗とバジルの種を買った。  あのバルコニーの芝生を剥がすのももったいないのでプランターで育てることにし、一応バルコニーの雰囲気に合わせて安いプラスチック製ではなく木製の樽っぽいプランターを選んだ。  恐れ多くもメルセデスに樽型プランターや園芸用培養土、ジョウロなどを積み込み、一時間程でマンションへ戻った。  岩村が荷物を運んでくれ、さらに時間がまだあるからと植え付け作業や種まきも手伝ってくれた。 「えっ、オリンピック?! 柔道の選手で?!」 「あ、はい。でもメダルは取れませんでした」 「いやいや、凄いじゃないですか!」  作業中の雑談で、岩村が元オリンピック選手だったことが判明した。 「相田さんはレスリングで銅メダル獲ってますよ」 「ま、マジでっ?!」 「Ωの方の護衛は、大抵のαと対峙することになります。単にβとαですとαの方が身体能力は上なので、より訓練されたβが必要になるんです」 「なるほど……」  そんな凄い人たちを買い物なんぞに付き合わせてしまって、なんて贅沢なのだろうと八尋は思った。 「相田さんって岩村さんのチームのリーダーか何かなんですか? お若いのに優秀なんですね」  どうみても岩村より年下なのに、二人のやり取りを見ていると相田が上司なのは明確だ。やはりオリンピックメダリストともなるとボディガード業界では優遇されるのだろうか。 「相田さんは私の三つ年上なので今三十八歳です」 「えっ! そうなんですか?!」  女性の年齢をこっそり教えてもらうというのはやや罪悪感を感じるが、相田はどう見ても三十代前半の見た目で八尋は自分と変わらないくらいだと思っていた。それよりなにより…… (岩村さん、四十超えてるかと思ってたけど、まだ三十五?!)  岩村は強面なので年齢が高く見えるらしい。そこに驚いているとあまり笑わない岩村がフッと顔をほころばせた。 「相田さんは凄く優秀なんです。一見物腰柔らかですけど、大柄の男相手でも制圧できますし、何より咄嗟の判断や自分たちへの指示も的確で」  尊敬と憧れがまざったその眼差し。しかしその視線にはそれ以上の感情が混ざっているように感じた。  八尋は思わずににやけながらそんな岩村を見た。 「尊敬できる人と一緒に仕事ができるのは良いことですね」  岩村は「はい」と返事をし、照れながら頭を掻いた。  大人でも幸せそうに恋心を抱いているさまを見るとこちらも温かい気持ちになる。 (岩村さん、うまくいくといいな)  八尋は心の中でそう願った。自分も今、恋をしているからそう思ったのかもしれない。 「あらー、いい感じになりましたねー! 望さんにメッセージしとくわね」  バルコニーに様子を見に来た多歌子が八尋と岩村の作業風景をスマホで撮った。  八尋はほんわかした気分のまま何も考えず、ピースサインでそれに写った。

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