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スモーキーミルク【23】

「クソぉ……やっちまったぁ……」  まだ夜も開けきらない日曜日の早朝。八尋はベッドで一人焦っていた。  漏れ出した大量のオメガミルクは吸水性のあるインナーでも受け止めきれずパジャマを濡らし、さらに下半身もぐっしょりと濡れていた。前からも後からもだ。それはシーツまで到達している。よりによって今日は日曜日。望がいるのにこれらを洗濯せねばならない。  とりあえず濡れたパジャマを脱ぐと、まだミルクが溢れてきた。 「もう……俺、三十一だぞ……」  やらしい夢を見てシーツを汚すなどまるで思春期の中学生のようではないか。そう屈辱を感じながらも八尋の場合、十五年遅れて思春期が来たようなものだった。  着替えた後にまた漏れても嫌なので、仕方なく搾乳器を取り出し搾乳を始める。機械により乳首が吸い上げられる感触に甘い疼きが全身を包む。まだ夢の生々しい感覚が残っていた。  望が八尋のオメガミルクを飲んでいると知って二週間弱。望に胸を吸われる夢を見るようになった。最初は夢の中でも戸惑っていたが、最近は夢の中で夢だと気付くようになり、夢の中の望に好き勝手に縋るようになっていた。そして毎回起きてから自己嫌悪に陥っている。  ミルクの量も格段に増えた。  痴漢野郎に絡まれ一時期ミルクが減ったのは何だったのか、と思うほどだ。一日に二パックくらい取れてしまう。  さらに搾乳中は望のことで頭がいっぱいになり、男性器が興奮状態になってしまうのに加え、尻の奥が疼き濡れるようにもなってしまった。 (こんなの望に知られたら絶対気持ち悪いって思われる……!)  八尋が望への想いを自覚してからはその思いは膨らむ一方だが、当初感じた『望は俺のこと好きかも』と言う期待はやはり勘違いだったのだと感じ始めていた。  それはここ数日の望の素っ気なさ。  今までは八尋を気遣って、会話をしてくれていたのかも知れないが、忙しさで取り繕う余裕が無くなったのだろう。  搾乳を終え、とりあえずTシャツとハーフパンツに着替え、汚れたパジャマやシーツを抱えてこっそり自室を出た。  時刻は五時半。連日残業や休日出勤続きの望はまだ起きてはこないだろう。防音の効いた高級マンションだが極力足音を立てずにランドリールームへと入った。  ドラム式の洗濯乾燥機に洗濯物を放り込み、洗剤を入れてスイッチを押す。 (よし、証拠隠滅!)  そう思いランドリールームを出ようとした時。 「こんな時間に洗濯ですか」 「わっ! の、望っ」  廊下に立っていた望に声をかけられ、八尋は心臓が口から飛び出そうなほど驚いた。 「あっ、え……お、起こしちゃったか。すまん」  動揺しつつ謝罪するが望は何も言わず、じっと八尋を見つめてくる。こんな時間にコソコソしていて怪しまれているのかもしれない。 「あ……その……ちょっとシーツを汚しちゃって……」  八尋は真っ赤になってモゴモゴと説明した。Ωでなくても男ならわかるだろうと思った。  すると望が一歩八尋に近づき、さらに腰をかがめて八尋の首筋辺りに顔を近づけフンフンと匂いを嗅いできた。 「のっ、望っ?!」  八尋は驚きさらに自分の体温が上がるのを感じた。だが望はそのまま顔を近づけたまま低い声で呟いた。 「凄くフェロモン出てますよ。ミルクの匂いもする」 「うっ……」  八尋は激しく動揺した。全く自覚が無かった。 「それ、誰に向けて出してるんです? ……僕もαだってこと、忘れないでくださいね」  望はそう言い終えると八尋から離れ、自室へと戻っていった。  八尋はしばらくその場を動けなかった。  望の目があまりに冷たかったからだ。怒り、軽蔑、そんな感情が滲んだ瞳だった。今まで望にあんな目を向けられたことはない。 (俺が欲情してることが気持ち悪いって思ったんだよな……)  望は八尋に兄や親のような存在を求めていたのかもしれない。親兄弟の性に関することに嫌悪を感じる人間は多い。望は八尋の性に触れて気持ち悪いと思ったのだろう。そう八尋は考えた。 『それ、誰に向けて出してるんですか?』  望の言葉が蘇る。  それはつまり『その性欲を僕に向けるな』という意味だ。きっと。  八尋は自身が完全に失恋したのだと確信した。

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