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スモーキーミルク【25】

 六月六日金曜日。  二日前に気象庁から梅雨入り宣言が出て、その日も一日雨だった。  きっと望は今日も遅いだろう。明日は土曜日だが休めるのだろうか。そう心配しつつ、八尋はやることも無いので夜九時を過ぎても自室で仕事をしていた。すると、そこに高橋からのオンライン通話が入った。 『白駒くん、まだ仕事してんの? お、Tシャツしんせ〜ん。あ、セクハラぽいね。ごめんなさい』  勤務時間ならワイシャツを着ているのだが、既に風呂に入り完全オフモードだったので、八尋は黒いTシャツにスウェットパンツで机に向かっていた。  八尋は高橋に笑いながら応答した。 「高橋さんこそ、まだ会社ですか」 『うん、こんな時間になっちゃった。今このフロア私だけ。もう帰るけどね』 「金曜の夜にお疲れ様です」 『アハハ……予定無いから良いんだけどね』  高橋が乾いた笑いを漏らしていたかと思うと、途端にニヤリと笑って画面越しに八尋を見る。 『白駒くんこそ彼ピッピがいるのに金曜の夜に仕事してていいのぉ〜?』  八尋はやや呆れつつ高橋をたしなめる。 「だから、大賀峰は彼氏じゃないですよ。それに最近連日夜遅いんです。休日も出勤してるし、あんまり顔合わせてないんですよね」 『あら、そうなの。大賀峰くん、部長になって大変そうだもんね』  八尋は会社での望の様子が気になった。他部署の高橋がどこまで知っているかはわからないが八尋よりは分かるだろうと尋ねてみる。 「大賀峰、会社でどんな感じか知ってますか? 最近特にしんどそうなんですが愚痴らなくなっちゃって、ちょっと心配で……」 『んー、営業部の鈴木ちゃんとよく一緒に昼食をとるけど、そういえば、大賀峰部長が珍しくミスったって言ってたな。五月下旬ごろだったかな?』 「そうなんですか?」 『ミスって言うか、資料作りを誰かに指示するのが抜けてたみたいでね。まあ、周りがリカバリーして大したことにはならなかったみたいだけど』  会社の喫煙所で会っていた頃はミスの話もよくしていた。その時は「新人なんだからそんなのミスに入らないよ」と励ましていたが。 『でも鈴木ちゃんがね、大賀峰くんは部長でも謙虚で歳上部下にもちゃんと相談したり頼ったり出来るところがエライって言ってたよ』 「まあ、まだ入社三年目ですからね」 『そう。それで管理職やれってのが普通は無理なのよ。でもその中でよくやってる』  高橋はニヤリと笑いウェブカメラ越しに八尋を見た。 『だからさらにモテるようになってるよ。白駒くん、「彼氏じゃないです」なんてのんびりしてると、大賀峰くんとられちゃうよ』 「取られるも何も……。俺なんてもう三十一ですよ? 大賀峰はもっと若い子と……」  ずっと心にあるその言葉だが、実際に口にするとキリキリと胸を締め付けてくる。 「ぐっはっ! 『もう三十一』なんて言わないで! 三十半ばで金曜に何の予定もない私をいじめないでっ」  流れ弾をくらった高橋は八尋以上のダメージをくらってそうだ。 「あ、すみませんでした……」  八尋はうっかり放ってしまった失言を詫びた。

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