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スモーキーミルク【27】

(何が何だか……)  八尋は混乱しながらも自室に戻り別のTシャツに着替えた。  脱いだ黒いTシャツを見た。  見事に横一文字に引き裂かれている。  ネット通販で買った無地の黒Tシャツ。ポリエステル製でお値段なんと七八〇円。そんな安物の生地はαの望にとってはティッシュペーパーと同レベルだったようだ。 「これから、どうしよう……」  重い溜め息と共にポツリと独り呟く。  もうここから出ていくべきなのだろう。  幸い望がリモートワークの道を切り開いてくれた。ホワイトフリージア園に戻っても今の仕事をしながら細々暮らせばいい。  冷静な部分ではそう思うのだが、子供じみた本能的な部分が『嫌だ、望のそばにいたい!』と駄々をこねるように泣き叫んでいる気がする。  やはり望はコスト面で仕方なく八尋のミルクを飲んでいたのだろう。最近、ボディガードが付けられないと言っていたのも金銭面がキツくなったのかもしれないし、八尋にそんなに金をかけるのがバカらしくなったのかもしれない。  ふと、八尋は思い立ち玄関横の物置部屋へ行き、ミルク用の冷凍庫を開けた。そこにはたくさんのアルミパックが詰まっている。ここ数日、薄々気付いていた。パックが溜まってきているのに回収されていないのだ。  八尋は物置部屋から出ると望の部屋の前に立った。  人の部屋に勝手に入るなんて絶対しては駄目だ。だが気になる。望の部屋にあると多歌子が言っていた冷凍庫の中身が気になる。  八尋は罪の意識を強く感じながらもドアノブに手をかけた。  そっと扉を開け中に入る。  初めて入る望の部屋。驚くことにその部屋は八尋の部屋の半分程度の広さしかなかった。どうやら望はこのマンションで一番広い部屋を八尋に与えてくれていたようだ。嬉しさよりも申し訳ないという気持ちが広がる。  辺りを見回すと部屋の奥に置かれたベッドの脇に小型の冷凍庫を見つけた。八尋は早足でそれに近づいた。冷凍庫の上には電子レンジが置かれ、オメガミルク用の冷凍庫だと確信した。  恐る恐る中を開ける。  予想通り中には大量のアルミ袋が詰まっていた。  何個か手に取り確認する。すべて身に覚えのある八尋の字で日付が書かれている。  他のΩのミルクは見当たらず、八尋は小さく安堵した。しかし大量の在庫。ほとんど飲まれていない。  冷凍庫の直ぐ側に足踏みペダルの蓋付きのゴミ箱が目に映った。人の部屋に入りゴミ箱まで漁るなんて本当に最低だと思う。たが、もう今更だとも思い、八尋はゴミ箱を開けた。  中に捨ててあったパックは3つ。  今日は六月六日。パックの日付は六月四日と一日、そして五月二十九日。三日に一つ程度しか飲んでいない。しかも古いものは冷凍庫に放置だ。 「ハハッ……やっぱり、美味しくないんだ……」  以前多歌子は、望が全部飲んでいるからミルクが余らないと言っていた。しかし三十一歳のオメガミルクだ。なんとか美味しく飲んで欲しいと思い、禁煙したりカフェインを避けたりしてきたが、効果はなかったようだ。  いつかはやっぱり若いΩのミルクが良いと思われても仕方ないと思っていたのに、現実を目の当たりにすると予想していたよりもダメージが大きいことに気付かされる。  もう八尋に無駄な金をかけるくらいなら、気に入った若いΩのミルクを買うか、もしくはダイレクトで飲みたいと思っているのかもしれない。  望がダイレクトで若いΩを買う。  そのイメージが沸いた途端八尋は胸が苦しくなった。息が出来ない程に。  本当に息苦しくなり八尋は酸素を求めて大きく息を吸った。すると望がすぐ近くにいる気配を感じた。咄嗟に驚きあたりを見回すが当然望は居ない。そして気配の元がベッドから香る望の匂いだと気付いた。  意識していなかったが、ここは望の匂いでいっぱいだ。多歌子により小まめに掃除され、寝具も洗濯されているのだろうが、Ωの八尋には強く感じと取れた。  途端に身体の奥が熱くなってきた。 「あ……」  違和感に気付いたのとほぼ同時に尻の奥がじわりと濡れ、胸からもミルクが漏れ出し着替えたばかりのTシャツを濡らし始めた。 「や、ヤバいっ!」  八尋は慌てて望の部屋から走り出た。廊下に出ると同時に立っていられない程の目眩と身体の熱さに襲われた。男性器も明確に興奮状態になってくる。  ヒートだ。 「もう、信じらんねぇっ!」  八尋は悪態をつきつつ、這うように自分の部屋へと入った。  望の部屋でヒートを起こすなんて。すぐに出たが望が帰ってきたら、八尋の匂いで八尋が部屋に入ったことがバレるかもしれない。 「これ以上嫌われたらどうすんだよ……っ」  八尋はベッドに倒れ込み、熱くなり続ける身体を抱えて蹲った。

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