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スモーキーミルク【29】
八尋は汗をびっしょりとかいて目を覚ました。
ハァハァと自分の呼吸音だけが静かな部屋に響いている。
身体が熱く、頭がボーッとする。
汗なのかミルクなのか精液なのか分からないが全身が濡れていた。
ヒートで鈍った頭は先程の光景が夢だったのか現実だったのかも判断出来なくなっている。
「の、の…ぞむ……望……っ」
八尋は熱の冷めない身体を抱え泣きながらその愛しい人の名を呼んだ。
望に会いたい。
望の声が聞きたい。
望のそばに居たい。
先程、望と一緒にいた環に酷く拒絶されたにもかかわらず、理性を失った思考は望を求め続けていた。
八尋はベッドから起き上がり、ふらふらと自室から出た。フットライトだけが灯った薄暗い廊下に出て、八尋は呼びかけた。
「のぞむ……」
その声は深夜の静まり返った空間に吸われ、虚しく消えていく。遠くから微かに雨の降る音だけがしていた。
淋しい。望がいないと淋しい。
溢れ出る涙を止めることが出来ない。
八尋は迷子の幼子のようにさらに望を探し求め、望の部屋の扉を開けた。
「のぞむーっ……なぁ、望……」
返事のない部屋。しかし八尋は望が出ていったことが分からなくなっていた。夜なのに望がいないはずがないと思った。
八尋は罪悪感を感じることなく入室し、ふらふらとベッドへ近づいた。
「のぞむぅ……お、おきろよぉっ」
しゃっくりをあげながら布団を捲ったが、そこはもぬけの殻だ。
バスルームかもしれないと思い、再びよろよろと部屋を出た。しかしバスルームやランドリールームにも望の姿はなく、リビングや自分の部屋などドアを開けまくり、望の名を呼びながら探し回った。
いない。望がいない。どこにもいない。
八尋は再び望の部屋へ入り、ベッドの脇にヘナヘナとへたり込んだ。
熱く疼き続ける身体がもう限界だった。それでもわずかに残った理性がベッドに上がることを許さず、床にへたり込んだままベッドの縁に腕と頭だけを乗せた。
途端に鼻孔をくすぐる望の匂い。八尋はほぼ無意識に枕を引き寄せ抱きついた。
(望だ。望がそばにいる……)
八尋は望の枕を抱きしめたまま、冷たい床へと倒れ込んだ。
「八尋さんっ! しっかりして! 八尋さん!」
女性の声がして八尋は微かに目を開けた。
時間の感覚がなく、今が夜なのか昼なのかもわからなかった。
「望さんは?! 今日お休みじゃないの?!」
家政婦の多歌子だ。
多歌子は八尋の肩を揺さぶりながら問いただしてくる。八尋は枕を抱き締めたまま口を開いた。
「の、のぞ……む……は……」
だがその名を口にすると勝手に涙が溢れてきた。八尋は苦しくなって、望の匂いを求め再び枕に顔を埋めた。
「う、うぅっ……の、望っ……いない……のぞむがっ、どこにもいないっ……」
嗚咽が枕に吸い込まれていく。
「や、八尋さん、大丈夫ですよ! すぐに望さん、呼びますからね!」
多歌子は八尋の背中を擦りながら電話をかけ始めた。
「あっ、望さんっ、今どこです?! すぐに帰ってきてくださいっ! 八尋さんがヒート起こしててっ!」
八尋は泣きすぎて過呼吸状態になっていた。だけど望の匂いだけが唯一縋れるもので枕に顔を埋めるのをやめられず、八尋の意識はさらに遠のいていった。
「……何言ってるんですっ?! いいからすぐに帰ってきなさいっ!」
再び眠りに沈みそうな時、初めて聞く多歌子の怒号が耳に飛び込んできた。
「八尋さんっ、望さんの部屋で、望さんの枕抱いて、望さんの名前呼んで泣いてるんですよっ!!」
何やらとんでもない事をバラされている気がしたが、それを気に留める余裕は無く、八尋は再び眠りに落ちていった。
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