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スモーキーミルク【30】

「……八尋さん、八尋さん、わかりますか?」  耳馴染みの良い低い声で名を呼ばれ、八尋は重い瞼を上げた。 「八尋さん……」  目に入ってきたのは今一番会いたかった人の顔。八尋は枕を抱き締めたまま、上体を起こすとその男を見つめた。そっと手を伸ばしその男の頬に指先で触れると、男は八尋の手を握りその手のひらに優しく口づけてくれた。 (ああ、望だ……夢の中の望だ……)  そんなことをしてくるのは夢の中の望でしかあり得なく、八尋は枕を離しその望に抱きついた。 「や、八尋さんっ……ああ、凄い香りだ……」  ベッドに座る望は八尋を抱き留めつつ大きく溜め息を漏らすように呟く。八尋はそんな望に構わずその首元に顔を埋めた。  いつもの夢より格段に肉々しい感触により興奮する。八尋はほとんど無意識に望の太腿に自身の腰をくねらせ押し当てていた。 「八尋さん……辛いんですね……」  望はそう言い、スウェット越しに八尋の尻を撫で、谷間に指を這わせてくる。 「ん……あぁっ……」 「中、凄く濡れてますね……もう、脱いじゃいましょうか」  望に膝立ちで縋り付く八尋。望は八尋のスウェットのズボンを脱がそうとし、八尋は素直にそれに従った。ズボンと下着を一緒に脱がされ、男性たる象徴がプルンと躍り出る。 「ああっ……ヤバいな……」  望が苦しそうな目でTシャツ一枚だけになった八尋を見つめる。八尋は身体の奥でずっと燻ぶり続けていた熱が勢いよく燃え上がってくるのを感じた。 「んあぁっ、さ、触ってよ……っ!」  八尋が甘えてねだると、望は片手で剥き出しの尻を撫で、もう片手で八尋の男性器を握った。 「はぁんっ! あっ、あっ!」  前を優しく扱かれ、探り当てられた蕾も指先でくすぐるように撫でられる。 「凄い……どんどん溢れ出てますね……」  低い声で囁かれ、さらに望の匂いが強くなった気がした。八尋は耐えきれず、今一番して欲しいことを口にした。 「なぁっ、胸舐めてっ。ミルク、飲んでよっ」 「や、八尋さん……っ」  八尋は望の顔を見つめ願い出た。しかし望は焦ったように視線を外す。 「そ、それは駄目ですっ。僕はもうギリギリなんですっ。今そんなことしたらもう理性が……」  望に拒絶され八尋は心臓を握り潰されているかのように苦しくなった。止まっていた涙が再びボタボタと流れ落ちる。 「や、八尋さん?!」 「い、いつもしてくれるのに……なんで……」 「いつもって……誰にさせてるんですか……」  望の声色が途端に悲しげなものに変わる。しかし八尋はそれを無視して、質問されたことにそのまま答えた。 「望……」 「え?」 「……夢の中の望は、いつもしてくれる。……飲んでくれるし……抱いてくれる……」 「や、八尋さっ」  望は息を詰まらせつつも何か言おうとしたが、八尋はふと思い出し、それを遮った。 「ああ、そうか……。さっきもう駄目って言われたんだ……思い出した……」 「何が、ですか……?」  八尋は環を抱き弄る(まさぐ)望を思い出した。胸がさらに苦しくなり、八尋は望に縋り付いたままうずくまるように項垂れ、嗚咽を漏らした。 「ゆ、夢でも、望に抱いてもらおうなんて……お、思ったらっ、駄目なんだっ! そんなの、おこがましいってっ……」 「そんな……誰にそんなこと言われたんです?」 「ゆ、夢の中の望がっ。俺みたいな出来損ないのΩが、七つも下の望と……なんて。望は、環くんみたいな可愛いΩがいいって言ってた……」 「あぁ……! 八尋さんっ!」  しゃっくりを上げて泣く八尋は望に抱き寄せられ、広く大きな胸の中に抱き込まれた。 「夢の中の僕は、貴方に触っておきながらそんな酷いことを言ったんですか?」  望は八尋の背中を撫でながら「そもそもタマキくんって誰ですか……」と溜め息のように呟く。  八尋は背中を撫でてもらう心地よさに酔った。もう夢の中の望でも縋ったらいけないのだと思いつつも、今、目の前にいる望はとても優しくて離れることが出来なかった。 「八尋さん」  望は抱き締めていた八尋を離し、目を合わせ涙で濡れた頬を撫でてくる。 「貴方の気持ちを知ってから伝えるなんて本当に僕は卑怯で臆病者ですが、ちゃんと言います」  八尋は泣きすぎてなのかなんなのかよく分からないが、ぼんやりとする頭のまま望の言葉に聞き入った。 「八尋さん、僕は貴方が好きです」  夢の中の望が好きだと言ってくれている。でも…… 「駄目……そんなことっ、言っちゃ駄目なんだ! 夢でそんなこと思ってるって知られたら、望に、気持ち悪いって、思われるっ! 側にいられなくなるっ」  八尋は首を横に激しく振り、その言葉を拒絶した。再び望に拒絶され罵られるのが怖かった。しかし望は八尋の肩を掴み、八尋を仰向けに押し倒した。 「八尋さん、貴方の不安が消えるまで何度でも言います。好きです、八尋さん」 「あ……」  八尋をベッドに縫い止め、見下ろしてくる望。その男らしい、αらしい逞しさに、八尋は自分のΩの部分が反応し、下腹の奥と胸の先端がさらに熱くなるのを感じた。

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