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スモーキーミルク【33】

「……ええ、まだ二回目のヒートで安定していないのでなんとも。来週には出社できると思いますが……」  少し離れた位置から響いてくる耳馴染みの良い声。その声に目を覚ました八尋はゆっくりと重い体を起こした。  カーテンが開けられた窓からは夏らしい日差しが差し込んでいた。その窓の近くでウロウロと歩き回りながらスマホで話しているのは望だ。 「はい、引き続きメッセージで。可能な限り確認しますが……ええ、急ぎで判断が必要な場合はお任せしますので、事後報告で結構です」  喫煙所で愚痴っていた姿からは想像出来ない冷静な態度。しかしその格好は白いTシャツに紺色のパジャマのズボン。  八尋はそんな望に見つつ、状況がよく分からず辺りを見渡した。ここはどうやら望の部屋のようで、今八尋がいるのはベッドの上。  八尋は自身の姿をみてギョッとした。  着ているのは大きめの紺色のパジャマの上だけ。下はパンツすら履いてない。そして剥き出しの太腿や内腿には赤い小さな痕が所々に付いていた。パジャマの首元を開き、胴体部分も確認すると、胸の周りにも点々と同じ痕が。さらに歯型らしき噛み跡もある。  ふと見ればベッドの近くに置かれたゴミ箱には溢れんばかりにティッシュが投げ込まれ、使用済みと思われるコンドームとその破られたパッケージ袋も無造作に捨てられていた。 「あー……そうですね。本人にちゃんと確認できたら会社にはパートナーとして報告したいとは思ってますが……」  八尋が戸惑いオロオロと辺りを見渡していると、望がこちらに気付き目が合った。仕事モードだった目がふわりと柔らかなものに変わり、八尋はドキリとした。 「では、また連絡します」  望はすぐに通話を切り、こちらに歩いて来た。 「おはようございます、八尋さん」  望はベッドに腰掛け、八尋の頬を撫でた。  ごく自然に。当たり前のように。 「今日の気分はいかがですか?」  恋人に向けるような甘く蕩ける視線と声色。八尋は動揺しつつ声を出した。 「あっ……えと……状況を説明してくれ……」  八尋の質問に望は「お?」と少し驚いた顔をした。 「今日は意識がしっかりしているようですね。まだフェロモンは感じるのでヒートが完全に終わったわけではなさそうですが……」  望はそう言い確認するように八尋の首元に顔を近づけ、フンフンと匂いを嗅いだ。 「の、望っ……!」  八尋はそれだけで動揺してしまい、顔が熱くなる。 「フフッ、匂いが強くなりました。可愛いなぁ」 「かっ!」  八尋は頬を手で押さえつつ望に確認した。 「ひ、ヒートの……世話をさせてしまったってことなんだな? す、すまん、とんだ迷惑を……」  八尋は恥ずかしさに耐えきれず望から視線を外し俯いた。ゴミ箱の使用済みのコンドームや身体に残る痕から察するに、きっと望に抱いて貰ったのだ。八尋の心には望への申し訳なさが溢れた。 「八尋さん」  下を向く八尋に望が呼びかけてきた。 「全部夢だと思ってますか? 八尋さんに嫌なことを言ったらしい僕は八尋さんの夢ですが、八尋さんを好きだと言って抱いた僕は夢じゃないですよ?」 「え……」  どういう意味かと顔を上げると望が優しげな笑顔を向け、はっきりとした口調でその言葉を発した。 「白駒八尋さん、僕は貴方のことが好きです。喫煙所で貴方と初めて会った時からずっと貴方を想ってました」 「そ、そんなこと……」  そんなことあるわけ無い。そう言おうとしたが望が続けた。 「八尋さん、怖がらないで。四日前から貴方はずっと僕の事を好きだと言いながら僕に抱かれてました。言い逃れはさせませんよ。絶対僕が守って幸せにします。だから安心して僕を好きだと言ってください!」  八尋は益々動揺した。 「ゆ、夢じゃないって……」  どこまでが夢じゃないのか、八尋は朧な記憶を必死に巡らせ、そして真っ赤になった。夢だからいいやと望にもの凄く恥ずかしいことをお願いした気がする。 「ちょ、ちょっと待てっ! 何が何だかっ!」 「待ちません」  俯いていた八尋は突然望に顎を掴まれたと思うと強引に上を向かされ、そのまま唇を貪られた。 「う……んっ……!」  望の舌で唇をなぞられ、さらに隙間からその舌が入り込み、口の中を舐め回される。チュッと音を立てて唇が離され、望がニヤリと笑った。 「ほら、僕のことが好きって顔してる」  観念しろと迫る望。八尋は心配事を考える余裕もなく、完全に詰められたと感じた。  仕方なく、観念してその言葉を差し出す。 「……好きだよ。俺も望が好きだ」  その言葉に望は満足そうに頷き、八尋を抱き締めた。

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