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スモーキーミルク【34】

「八尋さん、なんで禁煙してるんです?」   八尋の告白に満足したらしい望は、ベッドに横になり、八尋を背中から抱き締めながら尋ねてきた。 「え……気付いてたのか?」  八尋は驚き聞き返した。ここ最近、望と過ごす時間は極端に少なかった。望が気が付く筈はないと八尋は思っていた。 「ひょっとして多歌子さんから聞いたのか?」 「いえ……その……」  望は言いにくそうに話し始めた。 「き、気持ち悪いって思われそうですが、僕、ずっと八尋さんのミルクを飲んでて……味で分かりました……」 「へぇ、やっぱり味変わるんだ〜」  八尋がのんびり答えると望は声を荒げて訴えてきた。 「カ、カフェインも控えてますよね? なんでですか?」  既に想いを伝えてしまったのだからもう隠す必要も無いかと思い八尋は正直に話すことにした。 「だって……望に美味しいって思って欲しくて」 「え……僕、ですか?」 「だって俺もう三十一だぞ。どう頑張ってもピチピチの若いΩのミルクには勝てないじゃん」 「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! 八尋さんのミルク、僕が飲んでたって知ってたんですか?!」  望の動揺っぷりに八尋は「アハハ」と笑った。 「き、気持ち悪いって思わなかったんですか? 八尋さん、オメガミルクに執着するαに嫌悪感あったでしょう?」 「うん。でも……望が飲んでるって知った時は、嬉しいって思っちゃって……」 「そ、そんなっ! 言ってくださいよ! 言ってくれればその時点で八尋さんと恋人になれたのに……」  望は悔しそうにむくれながら八尋を強く抱き締め、うなじに顔を埋めてくる。 「うん、俺、怖くて。知った時は望が俺のこと好きなのかもって期待もしちゃったけど『単にコスト面で選んでるだけかも』とも思って……」 「そんな……コストなんて……」 「だって、元々オメガミルク買ってたんだろう?」 「僕は買ってませんよ?」 「隠すなよ。施設で最初に会った時、ミルク持ってたじゃん。過去のことで俺に文句言う権利無いし……」  そう言いながらも八尋は胸がギュッと縮こまるような感覚がした。歳上の余裕を保ちたいが想いを伝えたら余計に独占欲が強くなってる。 「あー……あれは八尋さんのです」 「は?」 「これも知られたら気持ち悪いって思われそうなんですが……」  望は躊躇いながら説明し始めた。 「八尋さんが特発性のヒートで運ばれて、そのまま会社を出社すること無く辞めるって聞いた時、ミルキーオメガになった可能性に気付きました。それで施設に入ったら身を売るようなことになるって知って、一番近いあの施設を訪ねたんです。案の定、白駒八尋と言う人物がいて、既にミルクが個別販売されてるって聞いて、その場で差額を払って全部医療用に回すように指示しました。でも……」 「でも?」 「……飲んでみたくなっちゃって。一つだけ医療用に回さず、持って帰ったんです」  後ろから抱き締められ望の顔は見えないが、その声から望の恥ずかしさが伝わってきた。 「で、でもっ、あの時、望は俺に会ってめちゃくちゃ驚いてたじゃん。ここに居るって知らないような感じだった」 「あそこは、Ωがいるはずのないエリアだったので。僕はあそこでなんとか貴方を保護出来ないか算段を立ててました。そこにいきなり本人が現れて、本当に驚きました……」 「じゃ、じゃあさ、望は俺以外のΩのミルクを買ったことも、だ、ダイレクトした事も無い?」  八尋はドキドキしながら再度確認した。すると望は背中から抱いていた八尋の身体ぐるっと回して、正面から抱き合う形にした。 「八尋さん。僕がミルクを飲みたいと思ったのも、実際に口にしたのも、八尋さんだけです」 「お、おう……」  八尋は恥ずかしくて、くすぐったくて目を泳がせつつ返事を返した。 「ああっ、それにしても、あのヘビースモーカーの八尋さんが僕のために禁煙してくれてたなんて……!」 「いや、ヘビースモーカーってほどじゃあ……」  八尋は曖昧に返事を返したが望は聞かずに話し続ける。 「僕、嫉妬してたんです……。ミルクの味が変わって、八尋さんが禁煙してるって気付いて、誰かにミルクを飲ませてるんじゃないかって……」 「はあ?」  八尋は驚き望を見た。 「あり得ないだろう? こんな誰とも会わない生活なのに……」 「ええ、だから……岩村じゃないかと……」 「ボディガードの岩村さん? 岩村さんなんて、二回か三回しか会ってないぞ?」 「だ、だって! 痴漢に触られた時、岩村のことカッコ良かったって褒めてたし、ネックガードも岩村が良いって言った色選んだって言ってたし、ガーデニングだって二人で楽しそうにやってたし……!」  その子供じみた嫉妬心を必死に訴えてくる望。身体が大きいのに気が小さくマイナス思考な望らしいその考え方に八尋は愛おしさが増していった。  そもそもずっとβ男性として過ごしてきた八尋にとって岩村は恋愛対象ではない。むしろ相田の方があり得るくらいだが、話がややこしくなるので、そこは伏せておくことにする。 「それにっ、ミルクが日を追うごとに甘くなって……。八尋さん知ってますか? オメガミルクはそれを出すΩが欲情してるとより甘くなるんです。八尋さんが誰かを想って毎日禁煙して、欲情しながらミルクを出してると思うと、僕は辛くなってしまって……。だから無理に残業したり、休日出勤してました……」  八尋は少し笑いながら望の頬を撫でた。 「そんな……なんで俺の想いの先が自分だって思わないんだよ。こんなに守ってもらって、一緒に過ごしてて、おまけにこんなに良い男でさ……好きになるなら望に決まってるじゃん」 「や、八尋さん……!」  八尋はふと思い出して付け加えた。 「あと、たぶん岩村さんて相田さんのこと好きなんじゃないかな」 「え?! そうなんですか?」 「なんとなくだけど、そうなのかなーって」  ぽかんと固まる望に八尋は「アハハ」と笑った。 「俺たち、二人ともビビリだったんだな」 「八尋さん、すみませんでした。僕は嫉妬心から八尋さんに辛く当たってしまった……」  望がしょんぼりと申し訳なさそうに謝る。八尋はその頬を撫でつつ形の良い唇に一瞬触れる程度のキスをした。 「愚痴ってくれないし、夜も遅いし、休日も居ないし、凄く淋しかった。これからはもっと、甘えてこいよ……」  囁くように伝えると、望は目を潤ませた。かと思えば、急に雄めいた欲情の色がその瞳に浮かぶ。 「じゃ、じゃあ、八尋さん。……さっそくですが甘えてもいいですか?」  望はパジャマ越しに八尋の胸を掠めるように撫でた。それだけで八尋の身体は疼き、胸の先端が濡れ始める。まだヒートから抜け切らない身体はそれだけで熱くなり、尻の奥も濡れ始めるのを感じる。 「いいよ、望……おいで……」  八尋が掠れる声で手を広げ誘うと、望は花に誘われる蜂のように八尋の胸に飛び込んできた。  望はパジャマ越しに八尋の胸に頬擦りしながらパジャマのボタンを外す。 「八尋さん……」  胸に感じる柔らかな唇の感触に幸福感が広がる。八尋は望の頭を胸に抱き込み髪を撫で、その温もりに浸った。 完

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