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マイハニーミルク【6】
肇の車で社に戻ると、時刻はすでに午後五時を回っていた。そして座った途端デスクにかかってきた取引先からの電話は、今晩の予定をぶち壊す実に恐ろしい内容だった。
「えっ!? 明日の朝ですか?」
『うちの社長、来週木曜の帰国予定が明日に変わってさぁ。しかも月曜日には急遽シンガポールに立つらしくて……』
「な、なるほど……」
『大賀峰さん、ほんっと申し訳ないんだけど、プレゼン資料、明日の朝までにメールしておいてくれないかなぁ。社長、出張中だとバタバタしててメールしても見てくれなくてさぁ、自分、明日社長の自宅まで行ってくるんで!』
「承知いたしました。明日朝までにメールで資料送るようにいたします。田中さんも土曜日にお疲れ様です」
望は絶望の中で受話器を置いた。
迷わず引き受けた自分は会社の一員としては偉かったと思うが、付き合い始めの恋人としたら、仕事を断れない残念なカレシなのだろう。
望は八尋に遅くなりそうな旨をメッセージで伝えた。八尋からはすぐに「おう! 頑張れよ」と返信が来た。
来週水曜までにやればよいと思っていた案件をこの午後五時過ぎから始める。なんとか日付が変わる前には帰りたい。
「……よしっ!」
今晩は逃したとしても、明日土曜は休みにして八尋にたっぷり甘えたい。望は気合を入れてデスクに向かった。
「あれぇ〜? 部長、帰んないの?」
定時の六時を四十分過ぎた頃、同僚の女性社員、鈴木が話しかけてきた。
「ええ、例のプレゼン資料、今晩中に送ることになって」
「えっ! あれって来週のでしょ?」
「先方の社長が明日帰国するそうで」
「今日中に終わる? 私も手伝うよ!」
「いや、でも……」
望は躊躇した。
鈴木からはなんとなくだが入社当時からアプローチを感じていた。
鈴木は二十代後半。勝手に耳に入った情報では玉の輿狙いで合コンに行きまくっているが、理想が高くてなかなか結婚まで結びつかないらしい。
望から見たら男ウケを狙いすぎて男ウケが悪い気がする。服はいつも可愛い系でリップはいつもテカテカしている。
さくさくと断って早く仕事を進めようと思っていた時、鈴木が小声で言葉を重ねた。
「白駒さんに早く帰ってこいって言われたんでしょ?」
「えっ」
驚いて見ると鈴木はニカッと笑った。
「企画部の高橋さんから聞いたよ。新婚なんだから、早く帰るべきだよ。ささ、どこからやればいいですか? 大賀峰部長」
つい最近まで後輩だった現上司に鈴木は敬語とタメ口を混ぜながら話す。
八尋との関係を“新婚”と表現されてドキリとする。
望はこの善意に甘えることにした。
「じゃあ、お願いします。助かります!」
「ふふ、今度お友達、紹介してね」
「はいっ!」
自分が思っていたより鈴木は良い人なのかもしれないと思いつつ、望は彼女に仕事を半分託した。
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