4 / 7

第4話

「今夜はここで、俺と寝て」 アケミの“お願い”は、理解するのは易しく、実行するのは難しいものだった。 果たして、添い寝、で済むのか。頭がハテナで埋め尽くされてる自分の腕を引き、無理やりベッドに押し倒した。 「ちょっ、アケミ様っ」 「俺には君を好き勝手する権利があるんだろ?」 ひとつのベッドに男二人で寝転ぶ。向かい合わせな上密着してるせいで、腰から下がいやに当たった。 「ちょっとガチガチ過ぎて抱き枕には程遠い……」 「抱き枕なら持ってきますから、離してくださいっ」 彼の肩を押して叫んだが、力では全然敵わない。簡単に逞しい腕の中に包み込まれてしまった。 「あ……」 いつぶりか分からない温もり。それに、額にあたる吐息と胸の動き。 ……生きてる。当たり前過ぎることに気付いたとき、抵抗を忘れた。 「おぉ~、そうそう。その調子で力抜いて……ね」 耳の後ろを撫でられる。さっきまでの恐怖と緊張は攫われて、眠ってしまいそうな心地良さに支配された。 気持ちいい……。 人の手で撫でられるのって、こんなに心地良いものなのか。驚き、むしろ自分の方から彼の胸に擦り寄ってしまう。 「あはは、くすぐったい」 「あ、すみませ……」 「いいよ。天使ちゃんて、何か実家で世話してた白猫みたいで可愛いんだ」 猫って、あの小さくて尾が長い生き物か。類似点なんて一つもない気がするけど。 違和感を覚えながらも、彼のシャツに顔をうずめる。 「もういないんだけどね。安直だけどシロって名前つけた。可愛かったなぁ……大切な家族だった。何でか、君と初めて会った時も思い出してたんだ」 アケミは温もりを確かめるように、髪一本一本梳いていく。 いつもおどけてるように見えて、何でも尊ぶ人だ。 「怖くないんですか。こんな知らない場所に来て……ひとりで」 「……今はひとりじゃないよ?」 つむじを指で押される。くすぐったくて、顔を上げた。 「俺の面倒は、ずーっと君が見てくれてたじゃん」 嘘や世辞なんてこれっぽっちも混じってなさそうな。 明るい笑顔。力強い声。 その全てに目を奪われて、言葉を失った。 何でこんなに強くいられるのか。優しいのか。 ……強いから優しいのか、と腑に落ちたり。 アケミの手が頬に触れた時は、涙が零れていた。 彼は俺のことすら許そうとしている。 「わ。……やっぱり、怖がってるのは君の方みたいだな」 「だって……」 溢れ出るそれを袖で必死に拭うけど、全然足りない。結局アケミがタオルをとってきてくれた。 まるで子どもみたいに宥められる。恥ずかしくて、懐かしくて、胸の中がいっぱいになった夜だった。 泣き疲れて眠るなんて、ここに来た時以来だ。 次に目が覚めた時も、アケミの腕の中にいた。 「…………」 随分強く抱き締められていたらしい。軽く腕が痛い。 腰も当たってるし、素足は指先がくすぐったい。 頭は冴えてきたが、しばらくそのままでいた。 できればずっとこうしていたい。アケミの寝顔を見ながらそんな風に思った。 長い睫毛、凛々しい眉、薄い唇。どれも見ていて飽きない造形で、思わず触れたくなる。 迎え入れても冥王が彼に中々手を出さないのは、彼の巧みな距離感と、この圧倒的な美貌故だろう。何がなんでも手に入れたいと思う美しさ。だが下手に触れたら火傷してしまいそうな強さを秘めている。 逆に俺は、いっそ火傷して、ドロドロにとけてもいい。それでも触れてみたい。 そして、触れてほしい。次第に息が荒くなるのも気付かず、彼に顔を近づけた。 彼を嫌いになるなんて有り得ない。この城で唯一、自分が心を許していた相手だったんだ。 最初は罪悪感で。同じ境遇に同情して。でも彼の明るさにいつも救われていた。 「アケミ様……」 傍にいたい。 許されなくても、種族が違くても。愛おしいという気持ちを思い出させてくれたこの人と一緒に。 あと少しで触れる。その時、顎を掴まれた。 「んっ!」 視界と一緒に、唇を奪われる。 一瞬何が起きたのか分からなかったけど、アケミが目を覚ましたらしい。 熱い舌がさしこまれる。息が混じり合い、淫らな糸が絡まる。 初めて聞く、いやらしい水音……。全てに慣れなくて、頭が真っ白だった。 離れて、アケミの顔が視認できてようやく現実に戻る。 「……俺の名前を呼んでたけど、どうして?」 こんなことをしておきながら、わざとらしく尋ねる彼が憎い。目元を擦り、余裕たっぷりの顔に音のなるキスをした。 「……誘い込んだくせに俺を放ったらかして寝てるなんて、呑気だなって思いまして」 あまりに無防備で、無警戒。彼の唇を指でなぞった後、舌なめずりした。 「俺だって人間じゃないんですから。貴方を襲うことだって有り得るんだし、気をつけてくださいね」
0
いいね
0
萌えた
0
切ない
0
エロい
0
尊い
リアクションとは?
コメントする場合はログインしてください

ともだちにシェアしよう!