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第4話
「今夜はここで、俺と寝て」
アケミの“お願い”は、理解するのは易しく、実行するのは難しいものだった。
果たして、添い寝、で済むのか。頭がハテナで埋め尽くされてる自分の腕を引き、無理やりベッドに押し倒した。
「ちょっ、アケミ様っ」
「俺には君を好き勝手する権利があるんだろ?」
ひとつのベッドに男二人で寝転ぶ。向かい合わせな上密着してるせいで、腰から下がいやに当たった。
「ちょっとガチガチ過ぎて抱き枕には程遠い……」
「抱き枕なら持ってきますから、離してくださいっ」
彼の肩を押して叫んだが、力では全然敵わない。簡単に逞しい腕の中に包み込まれてしまった。
「あ……」
いつぶりか分からない温もり。それに、額にあたる吐息と胸の動き。
……生きてる。当たり前過ぎることに気付いたとき、抵抗を忘れた。
「おぉ~、そうそう。その調子で力抜いて……ね」
耳の後ろを撫でられる。さっきまでの恐怖と緊張は攫われて、眠ってしまいそうな心地良さに支配された。
気持ちいい……。
人の手で撫でられるのって、こんなに心地良いものなのか。驚き、むしろ自分の方から彼の胸に擦り寄ってしまう。
「あはは、くすぐったい」
「あ、すみませ……」
「いいよ。天使ちゃんて、何か実家で世話してた白猫みたいで可愛いんだ」
猫って、あの小さくて尾が長い生き物か。類似点なんて一つもない気がするけど。
違和感を覚えながらも、彼のシャツに顔をうずめる。
「もういないんだけどね。安直だけどシロって名前つけた。可愛かったなぁ……大切な家族だった。何でか、君と初めて会った時も思い出してたんだ」
アケミは温もりを確かめるように、髪一本一本梳いていく。
いつもおどけてるように見えて、何でも尊ぶ人だ。
「怖くないんですか。こんな知らない場所に来て……ひとりで」
「……今はひとりじゃないよ?」
つむじを指で押される。くすぐったくて、顔を上げた。
「俺の面倒は、ずーっと君が見てくれてたじゃん」
嘘や世辞なんてこれっぽっちも混じってなさそうな。
明るい笑顔。力強い声。
その全てに目を奪われて、言葉を失った。
何でこんなに強くいられるのか。優しいのか。
……強いから優しいのか、と腑に落ちたり。
アケミの手が頬に触れた時は、涙が零れていた。
彼は俺のことすら許そうとしている。
「わ。……やっぱり、怖がってるのは君の方みたいだな」
「だって……」
溢れ出るそれを袖で必死に拭うけど、全然足りない。結局アケミがタオルをとってきてくれた。
まるで子どもみたいに宥められる。恥ずかしくて、懐かしくて、胸の中がいっぱいになった夜だった。
泣き疲れて眠るなんて、ここに来た時以来だ。
次に目が覚めた時も、アケミの腕の中にいた。
「…………」
随分強く抱き締められていたらしい。軽く腕が痛い。
腰も当たってるし、素足は指先がくすぐったい。
頭は冴えてきたが、しばらくそのままでいた。
できればずっとこうしていたい。アケミの寝顔を見ながらそんな風に思った。
長い睫毛、凛々しい眉、薄い唇。どれも見ていて飽きない造形で、思わず触れたくなる。
迎え入れても冥王が彼に中々手を出さないのは、彼の巧みな距離感と、この圧倒的な美貌故だろう。何がなんでも手に入れたいと思う美しさ。だが下手に触れたら火傷してしまいそうな強さを秘めている。
逆に俺は、いっそ火傷して、ドロドロにとけてもいい。それでも触れてみたい。
そして、触れてほしい。次第に息が荒くなるのも気付かず、彼に顔を近づけた。
彼を嫌いになるなんて有り得ない。この城で唯一、自分が心を許していた相手だったんだ。
最初は罪悪感で。同じ境遇に同情して。でも彼の明るさにいつも救われていた。
「アケミ様……」
傍にいたい。
許されなくても、種族が違くても。愛おしいという気持ちを思い出させてくれたこの人と一緒に。
あと少しで触れる。その時、顎を掴まれた。
「んっ!」
視界と一緒に、唇を奪われる。
一瞬何が起きたのか分からなかったけど、アケミが目を覚ましたらしい。
熱い舌がさしこまれる。息が混じり合い、淫らな糸が絡まる。
初めて聞く、いやらしい水音……。全てに慣れなくて、頭が真っ白だった。
離れて、アケミの顔が視認できてようやく現実に戻る。
「……俺の名前を呼んでたけど、どうして?」
こんなことをしておきながら、わざとらしく尋ねる彼が憎い。目元を擦り、余裕たっぷりの顔に音のなるキスをした。
「……誘い込んだくせに俺を放ったらかして寝てるなんて、呑気だなって思いまして」
あまりに無防備で、無警戒。彼の唇を指でなぞった後、舌なめずりした。
「俺だって人間じゃないんですから。貴方を襲うことだって有り得るんだし、気をつけてくださいね」
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