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第6話 良二とレイジ

 良二は寒さで目が覚めた。  10月も終わりなのに着ているのはパジャマの下だけ。寒いに決まっている。隣で丸まっているレイジは全裸。こっちも寒いのだろう、骨張った白い肩に触れると氷のように冷たい。レイジの痩せた体ごと布団の中にすっぽりと潜って、良二は包み込むように、同じ布団に寝ている男を抱きしめた。 「⋯⋯やる?」  眠そうな声が聞いてくる。  いつのまにか布団は一つしか引かなくなった。いつのまにかお互いのペニスを重ねて擦り合うのも日常になった。  ⋯⋯これって、SEXなのかな。それとも単なる性処理なのかな。  良二の最近の悩みはこれだ。触って擦り合う以上の事はまだやったことがない。キスすら、二ヶ月前にレイジの爪を切ったときに軽く唇を触れ合ったのが最初で最後。2本のペニスをぶつけて擦り合わせるだけ。それをほぼ毎晩、二人で子供のように笑いながらやっている。 「今日は早出なんです。書類が溜まってて」 「警官も書類仕事とか、あんの?」 「あります」  抱きしめた腕に力を込めた。冷たかった痩せた体が温まってきたので、「起きなきゃ」と布団から出る。レイジが「寒い」と頭から布団に潜った。 「ワカメと豆腐でいいですか?」 「フカフカしたやつがいい」 「フカフカ?」 「茶色いの」 「ああ、油揚げですね」  朝の味噌汁は油揚げとワカメに決まった。ジーンズとトレーナー姿の良二が甘い卵焼きを作り終えたころに、良二のグレイのジャージ上下を着たレイジが「腹、減った」と台所に入ってきた。ジャージは大きすぎて骨張った手首がますます細く見える。乱れた髪でも寝起きでも作り物のようなきれいな顔は崩れることはないらしい。  「どうぞ」と、もうすっかりこれも日常になった毒見を良二が済ませると、「これ好きなんだよね」と油揚げをスプーンで掬う。レイジは汁物は味噌汁すらもスプーンを使う。それでもダラダラとこぼしまくる。後片付けをしていたら、結局いつもの時間になった。  良二は急いでスニーカーに足を突っ込みながら、 「行ってきます」  そして振り返る。 「行ってらっしゃい」  小さなあくびとしながらレイジが手を振る。 「ネットで買い物してもいいけど、変なものはダメですよ」 「⋯⋯わかってるって」  先週、レイジは良二のクレジットカードを使ってかなり高価な飛び出しナイフを買ったのだ。マニアっぽい作りのやつで、大型の動物が殺せるほど鋭い。持ち歩くのは違法だと教えると、「へえ⋯⋯」とレイジは肩をすくめてポケットに入れようとしたので、無理矢理に取り上げて隠した。そんなことがあったので、 「違法なものはダメですからね」 「しつこいって」 「早めに帰ります」 「⋯⋯うん、待ってる」  署に向かうバスの中で良二の男らしい彫りの深い顔に笑みが浮かぶ。レイジの言葉を思い出していた。  ⋯⋯うん、待ってる。  ちょっと照れたようなきれいな顔も、一緒に、思い出した。 *  夕方になると冷え込みはもっと厳しくなり、風が強く吹き始めた。今夜の夕食はお馴染みのメンチカツ。商店街で買い物をすませた良二が玄関に入ると同時にレイジが廊下を走ってくる。 「おかえり!」朝と同じ、大きすぎるグレイのジャージ姿。満面の笑みで、手に持ったなにかをひらひらと振っている。五千円札だ。 「どうしたんです、それ?」 「仕事した」 「仕事?」キャベツが入った袋を落としそうになった。「ネットで買うなって言ったからですか? 変なことしてませんよね?」色々とあぶない想像が浮かんでくる。 「変な事じゃねえよ、話してやるから、まずは飯!」  古いけれどきちんと整頓された台所に行き、良二は白いエプロンを大きな体に巻く。レイジは五千円札を眺めながらテーブルに肘をついてご機嫌なようすだ。  ミンチ肉をボールに入れて、塩と胡椒を振り入れながら「仕事ってなんの仕事ですか?」と聞いたとき、家の中のどこからかガサゴソと奇妙な音が聞こえてきた。 「なんの音だろ?」良二は胡椒を振りながら、耳をすます。 「外から聞こえたんだろ。それより、俺の仕事のことを聞けって」 「そうかな⋯⋯」ミンチを混ぜる。「それでなんの仕事です?」 「猫探し」 「え?」混ぜたミンチを小分けにして丸めていく。「それってなんです?」 「だから猫を探すんだよ。今朝、おまえが行った後にさ、庭に茶色い子猫がいてさ」 「茶色い子猫って、こないだ角の薬屋さんが飼い始めたって聞いたけど、その猫じゃないですか?」 「そう、俺もそう思って、連れて行った」 「へえ⋯⋯」 「そしたら、これくれた!」と五千円を振る。 「それだけで五千円?」 「怪我したしな」右腕の袖をめくると、白い手首に赤く小さな引っ掻き傷が数本。「この傷見せたら、薬と五千円をくれた」 「へえ⋯⋯」丸めたミンチに衣をつけていく。10個ほどのミンチカツを油に落として揚げあげる。「なんか、ちょっとあれですけど、まあ、よかったですね。消毒しました?」 「してくれた」 「だけど、ただ子猫を連れて行っただけで五千円ですか⋯⋯」 「怪我したって言ってるだろ」 「そんなの怪我には入りませんよ。もしかして、レイジさん、自分からお金をくれって言ってないですよね」 「⋯⋯言ってない」  言ったな、と良二は思った。ため息をつきながらこんがりと揚げたミンチカツを皿に乗せていく。皿には千切りのキャベツが山盛り。その上に熱々のカツを乗せていくのが良二流だ。商店街名物の「ゴロゴロきんぴら」も買ったのでそれも並べて、和室のチャブ台で夕食。 「いただきます」  食べようとした時、また、さっきと同じような物音が奥の部屋から聞こえた。 「やっぱり、なんか聞こえましたよね?」 「知らね」とレイジは箸を持って、待つ。毒見を待っているのだ。「さっさと食えよ」 「ちょっと待っててください」  奥には父母の部屋がある。二人が亡くなってからは使っていない北側の和室だ。そこからガタゴトと音が聞こえてくる。後ろからついてきたレイジが、 「開けてもいいけどさあ、気をつけろよ」  妙なことを言う。 「変なものでも買ったんですか?」 「買ったんじゃねえよ、自分からその部屋に飛び込んだ」 「え?」  襖を開けると、部屋がめちゃくちゃになっていた。本棚の本が床に散らばっている。その本の奥に光る目がある。猫だ。真っ白な猫で、薄緑色の目をしている。毛を逆立てて、フウッと唸った。いきなり飛びかかってきたので、良二は思わず襖を閉じた。白猫が襖にドスンとぶつかった音がする。 「レイジさん!」 「怒んなよ」ヘラヘラと笑う。 「説明してください」 「飯!」 「あと!」 「チッ」舌打ちをして、「あの白いのもさ、茶色の子猫と一緒にいたんだよ。捕まえようとしたら家に飛び込んだ。追いかけたらそこに入ったんで、閉めた。それだけ⋯⋯。俺、今日はめっちゃ忙しかった。だから、腹、減った⋯⋯」 「レイジさん⋯⋯」  ため息をついて襖の奥をうかがう。まだガサガサと音がしていた。かなりのヤンチャな猫のようだ。ものすごく怒っている。 「首輪してました?」 「知らね」 「なかったような気がしますよね⋯⋯。朝から水もあげてないんですよね」 「なんで、水?」 「⋯⋯毒見をしますから、レイジさんは食べていてください」  ミンチカツとキンピラを毒見、レイジは勢いよく食べ始めた。平たい皿に水と、煮干し、それから鰹節をたっぷり混ぜ込んだご飯を用意して、奥の部屋にいく。そっと襖を開けると、白猫が部屋の墨から睨んできた。猫が戦闘態勢に入る前に、良二は皿を置いて電気をつけ、襖を閉める。 「お腹がいっぱいになったら、落ち着くんじゃないかな」レイジの横に座って渋い日本茶を入れ、良二もミンチカツに箸を伸ばした。 「ちょっと胡椒が多かった?」 「ちょうどいい」 「おいしいですか?」 「めっちゃ」 「あの猫、どこの猫でしょうね。毛並みがいいから飼い猫だと思うけど。ネットの迷子猫情報サイトに載ってないかな」スマホで探してみたけれど、それらしい迷子猫の情報はなかった。  微妙な間をおいてレイジが「さあね⋯⋯」と湯呑みを手に取る。 「なんか知ってます?」 「⋯⋯知らね」 「レイジさん」 「知らね」 「何か知ってんでしょ?」 「だからさ」とだらしなくチャブ台にもたれかかった。「子猫を連れて行った時、婆さんとあったんだよ。薬屋の横の電柱に迷い猫のチラシを貼ってた。アナグロだろ?」  良二は急いで外に出ると電柱のチラシの写真を撮った。間違いなくあの白い猫だ。電話番号と住所だけでメールなどのネット情報はない。戻ると、レイジが「アイス」と大きな目ですくいあげるように良二を見た。 「どうしてすぐに教えなかったんですか?」 「色々あんだよ、俺も」 「何が?」 「商売ってこういうもんだろ?」 「まったく意味がわかんないんですけど」 「だからさあ、時間が立った方が有り難みが出るから、報酬も上がるだろ?」 「もしかして、あの猫を監禁してたんですか?」 「監禁? あ、なんかその言葉、すっごくイイね」  良二は深いため息をついて、チラシに書いてあった番号に電話した。年配の女性が出たので、「真っ白で目が薄緑色、それからあの、元気な猫さんです」と言うと涙声が「うちの子です」と答えた。住所を聞いてすぐに連れていくと約束する。 「明日でいいじゃん」レイジは不満げだ。 「今すぐ連れて行きます」 「どうやって? 暴れんぜ、あいつ」  確かにそうだ。良二はダンボールを取りに台所の裏へ出た。レイジがぶらぶらしながらついてくる。 「寒いから中にいてください」 「暇じゃん」  裏口には古い自転車やバイクがある。黒い大型バイクを見たレイジが「おまえの?」とバイクにまたがる。「この感じ、なんか覚えがある。俺、バイク乗ってたかも」とハンドルを握った。 「二十歳の誕生日に村上さんからもらったんです」 「ああ、あの白い頭のゴチャゴチャうるさい奴か」  関東でもっとも大きな裏組織の若頭の村上は、一週間に一度は現れて「こいつ、まだいるんですか?」か顔を顰めながら、良二と一緒に夕食を作る。それから「俺が連れて行きますよ、いいですね、若?」とビール一杯でくだを巻く。村上とレイジの間に会話はなく、いつも無言で睨みあうだけだ。 「なんで乗らないだ?」 「乗る時間もなくて」 「今度ツーリングに行こうぜ」 「タンデムですか?」 「そう、俺が前な」と笑って動かないバイクの上で、コーナリングを曲がる真似をして遊びだした。 「これでいいかな」と良二は手頃な大きさのダンボールを見つけた。 「あいつが大人しく入ると思うか?」 「そうだけど⋯⋯」  白猫はお腹がいっぱいになっていたからか、最初よりは穏やかな顔をしていた。良二が一人で部屋に入って座り込み、スマホをいじっていると寄ってきた。撫でようとすると逃げる。抱こうとすると牙をむいた。 「大丈夫、怖いことはしないから」  少しすると落ちた本の間で毛を舐め出した。良二は運動神経がかなりいい。パッと長い腕を伸ばして捕まえた。暴れる隙も与えずにダンボールに入れて蓋を閉める。 「すぐ戻ります」と出かける用意をする。 「金、もらえよ!」 「⋯⋯もらいません」  白猫の飼い主は、良二の家のすぐ近くに新しくできたマンションに住んでいた。良二はダンボールを渡し、「すいません、暴れたのでダンボールに入れました」と謝る。猫と同じように白いふわふわのセーターを着た年配の女性は何度も良二に頭を下げた。 「お礼を言われるほどのことはしてないので」  それどころかあなたの大事な猫を監禁していました⋯⋯。良二は短い髪を撫で上げながら、焦った。 「急にいなくなって心配でたまらなくて」 「ですよね」  わかります、と良二は頷いた。 「首輪にタグをつけていたんですけど、取れちゃって」 「タグ?」  ペットが迷子になった時用のタグがあるらしい。  家に帰るとレイジは奥の和室にいた。 「なにをしてんですか?」 「ここ、おまえの親の部屋だよな、なんで中国語の本がこんなにあんの?」  本棚から落ちた本の隙間に座って読んでいる。 「母は台湾人なんです」 「へえ、ここって母親の親んちだろ? じゃあ、じいさんも台湾人?」 「おじいちゃんは日本人です。母は養女だったから」 「は?」 「えっと、だから⋯⋯」 「もう面倒くさいから、いいや」と呟いて、また本を読み出した。「俺さ、なんか日本語よりこっちの方がスラスラ読める気がする。台湾人かな、俺も」 「じゃあ記憶が戻ったら台湾に帰るんですね」 「だね」  良二の問いかけは重かったけれど、レイジの答えは軽い。なんだか気持ちが暗くなってきて、良二は部屋を出ると襖を閉めた。 「良二?」  レイジが呼ぶが答えない。 「良二?」  襖を開けようとするのを、しっかりと押さえて開かないようにした。 「何してんだよ、良二」 「監禁⋯⋯」 「あ?」  ⋯⋯バカかよ、と呟く声が聞こえた。しばらくすると、 「壊すぞ」と、イラついた声。 「日本家屋で監禁とかムリですよね」良二は襖を開けた。  レイジが、 「ババアから、金、もらってきたんだろうな?」  睨んできた。白猫以上に凶暴な視線だった。 *  白猫を返した週末の日曜日は晴れ。 「紅葉、見に行きます?」  良二はレイジを誘ってみた。 「やだ、めんどい。葉っぱが赤くなろうが黄色くなろうが、興味、ない」  レイジは縁側で、座布団を並べて寝転がっている。ガラス窓を通して差し込む日の光が気持ち良さげだ。 「じゃあ、とりあえず冬物は買いに行きましょう。セーターとかコートとかいるでしょ?」 「めんどい」とゴロゴロしていたけれど、急にガバッと起き上がった。「そうだ、俺、バイク飛ばしたい」 「俺の後ろならいいけど」 「俺が前」 「免許、ないでしょ?」 「あのヤクザの真っ白頭にさ、偽の免許を作らせようぜ」 「⋯⋯最近、よく思うんですけど」良二はレイジの横に座って、暖かい日差しに目を細めた。元々は鋭い目つきをしているけれど、その目はいつも穏やかだ。今も、眠たげな子犬のような無邪気な顔をしている。 「なにを?」 「レイジさんって、やっぱりサーカスで働いてたんじゃなくて、なにか法律に違反することをやってたんじゃないかな⋯⋯」 「おまえが捕まえるってこと?」 「⋯⋯捕まえて、どっかに閉じ込めようかな」 「あのさ」と、良二の膝に頭を乗せて下から見上げてきた。長いまつ毛が頬にくっきりと影を作っている。「白猫を返してから、おまえ、なんか変。どした?」  良二は黙って、レイジの前髪を触った。柔らかい髪だった。「刃物を持った人間は嫌いだ」と床屋を嫌がるので、何度か良二が切ってやっている。素人のカットなのにレイジだとカッコよく見えるから不思議だ。 「イケメンですよね、レイジさんて」 「今更?」 「レイジさん、いつか記憶が戻りますよね」 「かもな」 「そしたら、俺のこと忘れますよね」 「なんで?」 「記憶喪失ってそういうものらしいですよ」 「じゃあ忘れるんだろ」 「ひどいな」  背中を丸めて唇を重ねた。  レイジが、 「おまえって、縁側にいるとキスしたくなる?」  笑う。 「今夜、もっと先まで進んでもいいですか?」 「は?」 「ガキみたいに擦り合うだけじゃなく、もっとSEXぽいことしてもいいですか、レイジさん」 「いいよ」  軽い返事だ。  良二は笑った。 「なんにも考えてませんよね」 「おまえが考えすぎなんだよ」 「セーター、何色がいいですか? 俺、買ってきます」 「水色」とレイジは答えた。 *  商店街の衣料品店でセーターを見ていると、顔見知りの店主が声をかけてきた。小学生の頃、良二は少年野球を少しやっていた。その時のコーチの一人だ。還暦は超えているはずだったけれど外見は若い。スカジャン風の派手な絵がついた服を着て、豚のしっぽみたいに短いポニーテールだ。 「それは良二には小さいだろ」  良二が見ていた水色のセーターに顔を顰める。 「俺のじゃないんです」 「お兄さん?」 「え?」 「良二んとこにお兄さんが来てるって、誰か言ってたぞ。おまえよく自慢してたろ、お兄ちゃんのこと」 「そうでしたっけ?」 「うん、してた」  兄には会ったこともないのに自慢してた? 考えて、良二は思い出した。兄弟のことをやたら話してくる野球仲間がいたのだ。その友達に「俺にも兄ちゃんがいる」と言ったような記憶がある。 「おまえの兄ちゃん、イケメンらしいな。女性陣が騒いでるぞ。体格は? そのセーターはSサイズの中でも小さめだ」 「体格は、えっと⋯⋯」  良二はレイジの体を思い出そうと、抱きしめる仕草をしそうになって、慌てて腕を下ろす。 「たぶんこれで大丈夫です」  水色のセーターを買った。  それから商店街の端にあるペット用の小物店に寄った。しばらくして出てくると、彫りの深いハンサムな顔に笑みが浮かんでいる。八百屋で高校時代の彼女の真由子が「ご機嫌じゃん、良くん」と声をかけてきた。今夜は鍋にしようと思っていたので白菜とネギを買うと、「白菜とネギね。5万円!」と手のひらを出した。  平和に終わるはずの日曜日だった。  だけど、家の前までくると、良二は眉をひそめた。 「村上さん?」  黒塗りの大型車が、狭い路地を塞ぐようにして停まっている。白髪の若頭の村上が良二の家に来る時はいつも電車だ。宮人組の高級車できたことは今までに一度もない。もしかして本気でレイジを連れて行こうとしているのだろうか、と良二の顔が厳しくなる。 「レイジさんのことは⋯⋯」  言いかけると、村上は手をあげて遮り、 「お祖父様が⋯⋯、危篤です」  かすれた声で言った。 *  祖父には一度だけ、良二が小学生の低学年だったときに会ったことが会る。父と母が複雑な顔をして見送る中、良二は遊び気分で村上に連れられて黒塗りの高級車に乗った。楽しかった記憶はそのドライブだけで、 「お祖父様ですよ」  と村上が連れて行った部屋にいたのは、そのころ熱心に見ていたアニメの悪役そっくりの傷が額の真ん中にある、大きな男だった。黒っぽい着物を着て両手を組み、その手を袖の中に入れていた。村上が良二の肩を押して、「ご挨拶、できますよね?」と部屋の中に入れようとしたけれど、良二の足は動かなかった。目の前の父方の祖父はあまりにも、一緒に暮らしている母方の祖父とイメージが違った。  祖父は低い声で、「無理強いするな」と言った。それから良二に近づいてきて「良二、友達はいるか?」と聞く。  良二は黙って頷いた。 「じゃあ俺を、その友達のひとりに入れてくれ」  じっくりと考えて、良二は「うん」と言った。今考えるとバカみたいだけど、その時は本気で「友達にならしてやってもいい」と思ったのだ。  祖父との思い出はそれ一つだけだ。  私立の総合病院はかなり大きく、祖父がいる特別室までは長い廊下が続いていた。廊下には、黒服を着た目つきの鋭い男たちがいた。村上を見ると慌てて深く礼をする。膝に両手を置く独特の頭の下げ方で、皆、緊張したかおをしていた。村上と良二は無言で、その間を通り抜けていく。 「明日までは無理だそうです⋯⋯」  村上が言い、良二は頷く。 「外にいます」  最後の別れをしろというのだろう、村上は病室から出ていく。良二は祖父の枕元に行った。ベッドに横たわる姿は小学生の時に会った時とはかなり印象が違う。本当にあの人なのかな、と妙なことを思った。痩せて骨張って、あの大きかった体も縮んだように見える。  話しかけようかと思ったけれど、言葉は出てこなかった。かなりの時間が立って、村上が入ってくる。 「帰るよ、俺」  良二は病院を出た。送るというのを断り、バスに乗る。家に帰るとレイジが、 「遅かったじゃん」  と、今朝出したばかりのコタツに潜り込んでいた。 「水色のセーター、買ってきました。大きさ、どうかな?」 「見せろ」  着てみるとピッタリだった。 「よかった」 「なんか、暗いなおまえ」 「ある人が亡くなったんです」 「誰?」 「友達のひとり⋯⋯」  急に涙が溢れだす。「どうした?」と手を伸ばしてきた水色のセーターを着たレイジを抱きしめて、良二は泣いた。 *  明日からまた寒さが厳しくなるらしい。ブルーのパジャマ姿の良二は毛布を押し入れから出して、布団の上でゴロゴロしているレイジにかける。レイジは良二のTシャツを一枚着ているだけ。下着は着ないたちなので白い尻が見えている。 「こんなに何枚も?」 「その方が暖かいですから」 「羽毛は?」 「うちにはないです」 「買えよ」  そう言いながらも毛布の感触が気に入ったらしい。ぎゅっと抱きしめたりしている。 「坊やは今夜、その気じゃないんだろ? ヤらないなら、俺もう寝る」 「⋯⋯明後日の葬式、嫌だな」呟いて、毛布を抱き枕のようにして横になっているレイジのそばに座った。「ああいうヤクザの人たちって、葬式とかそういうのきっとすごい気合が入ると思う」 「へえ⋯⋯」 「スーツは用意しましたって、村上さんからメール来たし」 「へえ⋯⋯」 「行かなきゃダメだと思います?」 「おまえって、ぐずぐず悩む性格だよな」 「レイジさんが悩みがなさすぎだと思いますけど⋯⋯あ、そうだ」と良二は思い出して台所に行くと、買い物袋から小さな袋を取り出した。寝室に戻って、レイジに渡す。 「なに?」 「開けてみてください」 「なんだよ?」開けて、「これって、猫とかの首輪につけるやつじゃん」 「迷子プレートです。ペットショップで作ってもらいました」 「おまえんちの住所が彫ってある」 「うん」 「鎖がついてるけどもしかしてペンダント?」 「うん」 「俺に着けろって?」 「⋯⋯嫌ですか?」 「やだ」ポイと枕元に投げた。  小さな銀色で形は長方形。細い鎖が付いている。  良二はレイジが投げたシルバータグを拾う。「エピソード記憶障害って、突然治るらしいですよ。治ったら今度は記憶を失っていた時のことは全て忘れるんです。まあ、でも、いいです⋯⋯レイジさんが元の場所に戻れたらその方がいいだろうし」 「マジで湿っぽいやつだな」 「さっさと台湾でもどこにでも帰って、幸せになってください」 「皮肉まで言いやがって」レイジが笑う。「わかったよ、着けてやるよ」と良二の手からシルバータグを引ったくった。「どうやって着けるんだよ、これ」と眉を寄せる。  良二は細い首に鎖を回して留め金を留めた。 「似合います」 「ペットになった気分」 「マジ、似合います」レイジのTシャツをめくって、ほの赤い小さな乳首に唇をつけた。 「なんだよ、今夜は別バージョンでも試す気か?」 「マーキングしようかな⋯⋯。俺の匂いをあなたの全身につけてもいいですか?」 「それって、俺が気持ちいいことだよな、もちろん」 「だと思います」 「じゃあ、やれ!」  偉そうに両手をあげて布団に倒れ込む。小さな舌がちろりと出て、良二を誘うように赤い唇を舐めた。 「やります」  良二は細い両腕を押さえ込んで、レイジの上に覆い被さった。  祖父亡き後、良二にはもう肉親はいない。今こうしてそばにいるレイジもいつかは記憶が戻って元の場所に戻ってしまう⋯⋯そう思うとすごく辛い。 「俺、ひとりとか平気だったんですよ」  首から鎖骨へと唇を這わせた。時々強く吸って、赤い跡をつけていく。くすぐったそうにしていたレイジが、「⋯⋯ッ」と痛そうな顔をする。 「大丈夫ですか?」 「うん⋯⋯、続けろ」 「俺、平気だったけど、あなたと一緒に暮らし出してから気がついたんです、ひとりって寂しいですよね」  白い肌は吸うとすぐに赤い内出血を起こした。花びらのような印が胸から腹へと続いていく。下腹部へ進むとレイジの声が止まらなくなった。「あ⋯⋯」短い喘ぎが連続する。「良二」と名前を呼ばれた。良二は黙って自分の名前を呼んだ赤い唇を塞いだ。  息が止まるほどの長いキスを続けながら、もうここからはただの性処理なんかじゃない、と思う。  男にしては細すぎる首にも赤い跡をつけていった。腕の内側を吸うとくすぐったいのか逃げようとする。それを押さえ込んでレイジの体に自分の印を加えていく。下腹部のペニスまで下がり、口に含む。互いのそれを擦りあったことは数え切れないほどあったけれど、口に入れるのは初めてだ。ピンク色の柔らかい亀頭をすっぽりと口に入れて舌で舐め続けると、レイジは毛布を掴んで耐えるような悶え声を出す。ペニスを解放して、今度は内腿へ舌を這わせる。そこにも赤い印をつけていく。 「良二⋯⋯」  名前を呼ばれて、再びのキス。  今度は長い間舌を絡ませあった。逃げれば追うし、追ってくれば逃げる。そんな舌だけの愛撫を互いに繰り返す。焦れたのかレイジが腰を浮かせて、固くなったペニスを良二の腹に押し付けてくる。 「イキたいですか?」 「イかせろ」  もう一度口に含んで、ペニス全体を舌と唇でしごいた。高まっていたレイジのペニスはすぐに白い液を放った。その粘ついた液体を良二は自分の完璧な腹の筋肉に撫でつける。 「俺にもあなたの匂いをつけた⋯⋯」  そう言うと、 「ガキ⋯⋯」  荒い息を吐きながらレイジが笑った。  良二は自分の太く大きなそれをしごいた。男らしい顔を苦しげに顰めて、レイジの白い腹の上に放つ。両手で自分の性液をレイジの腹から下腹へとゆっくりと撫でつけた。 「俺にマーキングかよ」レイジが笑う。 「気持ちよかったですか?」 「まあな。おまえもこれで満足だろ、俺に自分の匂いをつけて」 「でも、まだ外側だけですから⋯⋯」低く言う。  レイジは良二の言った意味がわかったらしく、「仕方ねえ坊やだな 」と一瞬考え、「ま、いいか」と膝を立てて太ももを開いた。ペニスの下方、ほの赤い部分が見える。 「痛くすんなよ」 「やったことないから、ちょっとぐらいは痛いかも」 「はあ?」 「すいません、努力はします」  専用のジェルはなかったので、考えてオリーブオイルを使った。レイジがリラックスしているからか、良二が指を入れると思ったよりもスムーズに入った。 「2本、入ったけど⋯⋯どうです?」 「変な感じ」 「体、緩いですよね、レイジさん」 「⋯⋯それ、女に言ったらボコボコにされんぞ。俺もなんか、ムカつく」 「褒めてます。いつもリラックスできるって、いいことでしょう?」 「まあね」と呟いて、「⋯⋯アッ」と小さな声を出してのけぞった。 「痛いですか?」 「違う⋯⋯今のとこ、もっと弄れよ。なんか、すっごい⋯⋯アッ!」  魚が跳ねるようにレイジの体全体が喘いだ。良二はもう一度オリーブオイルを指に垂らしレイジの中に入れると、その場所を念入りにゆっくりともんだ。 「すっごく、いい⋯⋯」  白い顔がほのかに赤らむ。赤い唇は半開きで、声にならない声を出す。良二のペニスがまた固くなっていき、透明の液を先端から漏らした。 「入れますよ」 「入れろよ」  レイジの両足を開いて持ち上げ、ほの赤い部分を晒す。押し入れるとさすがに抵抗を感じた。良二のそれは指とは比べ物にならないほど太い。特に先はデカく、そこを入れるのに苦労をした。 「痛いですか?」 「⋯⋯痛い」 「じゃあ、やめます」と言うと、レイジが笑い出した。 「香典がわりにやらせてやるから、さっさと入れろ!」  良二は顔を顰める。 「思い出したら、なんか、その気がなくなって⋯⋯」 「はあ?」白い腕が良二の首に抱きついてくる。耳元で、「なんにも考えずに、俺の中で気持ちよくなれよ」囁かれて、一気にまた体が熱くなった。良二は「レイジさん」と呼んで、体を進めた。一番大きな部分が入ると後はかなり楽になった。腰を動かすと、首に回された腕に力が入る。ギュッと抱きつく体を、良二もまた強く抱きしめた。後はもう夢中で突いた。レイジの声が苦しげになってもやめられなかった。 「もうすぐですから」  耳を舐めると、ギュッと目を閉じたままレイジがうなづく。突きまくってレイジを泣かせた。それでもやめられずに「どこにも行かないでください」と無意識に口に出す。 「消えたら、許しません」  最後はそう強く言ってレイジの中で果てた。荒い息を吐きながら倒れ込むと、 「追いかけてこい」  銀色のタグを首につけ、白い体の外も中もベタベタの精液にまみれたレイジが、涙に濡れた顔で笑った

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