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第14話

「その、橘花(たちばな)・・・大丈夫か?」 「・・・え?」 職員室の奥、パーテーションで区切られたスペースにあるイスに座ると、先生が心配そうな顔で聞いてきた。 大丈夫か、とは? あー、もしかして・・・。 「えっと・・・つ、番の話です、か?」 「ああ。その・・・酷い扱いをされてはいないか?」 酷い扱い? 軟禁状態ではありますが、夜を除き、至れり尽くせりとも言える優雅な土日を過ごしておりましたが・・・。 あれ、先生の視線が、俺の首元に固定されている・・・? 「・・・あっ!?」 「い、痛むか?」 「いいえ!大丈夫です!これはその・・・か、噛まれましたけど、ちゃんと手当してくれますし、あの、(じゃ)れてるというか、だから、大丈夫なやつですっ!」 首や(うなじ)にある大判の絆創膏。 先生はこれに気付いて心配してくれたんだ。 家ではガーゼ、外出する時は目立ち(にく)い絆創膏をカイが貼ってくれる。 消毒したり薬塗ったり、実に甲斐がいしく。 まあ噛んだ張本人なので、当たり前とも言えるけど。 「そ、そうか?相手はオオカミの獣人だと聞いたが・・・」 「あ、そうです、ハイイロオオカミです。一応丁重に扱ってもらってますし、学校も行かせてもらえるそうなので・・・」 「橘花は奨学金で薬学部を目指してたよな。大学進学も相手の方が面倒を見てくれるのか?」 「はい、たぶん・・・今日帰ったら、相談してみようと思ってます」 大学進学について先生によく相談をしていたから、ただでさえ普通じゃない生活環境が、真逆の環境になってどうなるのか、それも心配してくれたみたいだ。 担任が、少しほっとした顔をしてから、真剣な顔で言った。 「橘花、色々大変だとは思うけど、何か困ったら必ず言いなさい。先生たちがきっとなんとかするから」 「ぁ・・・ありがとう、ございます」 戸次(とつぎ)先生は、そんなに笑わない人だけど、生徒からの信頼は厚い。 個々の生徒をしっかり見てくれて、子ども相手だからって嘘をついたりしない、いい先生だ。 先生の優しい言葉に感動していたら、鞄の中でスマホがずっとブーブー鳴ってるのに気付いた。 「せ、先生、すみません、迎えが来たようなので・・・」 「ああ、送迎の許可を取っていたな。俺も一緒に行こう。担任が進路指導で呼び出したと説明しないと・・・相手はオオカミだからな」 先生、とても助かります・・・! 俺、恐くて電話に出られないし・・・。 戸次先生とロータリーまで行くと、俺の姿を見て電話を切るカイ。 ・・・ちょっと機嫌悪そうに見えるのは気のせいであって欲しい。 「橘花くんの担任の、戸次と申します」 「璃都(りと)の番の、カイザル・ルプスです」 カイがすっと名刺を先生に差し出した。 先生は「頂戴します」と言って受け取り、名刺をちらっと見てから要件を話し出す。 「進路の件で橘花くんを職員室に呼んでいました。お待たせしてすみません」 「いえ。璃都の相談に乗って頂き感謝します。では、この子を家に連れて帰りますので。おいで璃都」 「あ、うん・・・」 先生の前でぎゅーとかちゅーとかしないよね・・・? ちょっと警戒しながらカイに近付くと、そのまま後部座席に座るよう促された。 よ、よかった、常識のあるオオカミだった・・・。 「では、失礼します」 カイが俺の隣に座り、ドアを閉めてくれたシグマさんが先生に会釈(えしゃく)してから助手席に乗り込んだ。 あ、そうだシートベルト・・・と思ったらすかさずカイがやってくれる。 シートベルトくらい自分で出来るってば・・・。 濃いスモークウインドウのおかげで、先生には見られなかった・・・よね・・・。 「璃都」 「なあに」 「あの担任とはよく2人で面談するの?」 「いいえ。進路相談とかはしたけど、それ以外で特別よく話すとかではないよ。今日はカイの番になって生活環境が変わるから、大丈夫かって心配されただけで」 「そう・・・なら許容範囲か」 その範囲、きっと狭いんだろうな・・・。 「触らせなかっただろうね?」 「はい。ちゃんといい子にしてました」 「触られていたら匂いでわかるから、正直に言うんだよ?」 「いい子は嘘ついたりしないもん」 「・・・可愛く言えば俺が許すとでも?」 「許すも許さないも、怒られるよーな事してないもんっ!」 「・・・はぁ、可愛いなあ」 この手は使えるな。 でも匂いでわかるって・・・誰かに触られたら終わりじゃん・・・。 気を付けないと・・・。 「璃都、この後まだ仕事があるんだ。このまま一緒に来てくれる?」 「いいよ。どっかで課題やっていい?」 「俺の部屋でなら何しててもいいよ。おやつも用意させてるから」 おやつ・・・。 先生、俺は大丈夫です! 噛まれるくらいなんともありません! だっておやつまで食べさせてもらえるんです! そんな事考えてる内に到着したのは、オフィス街にある大きなビル。 車から降りてエントランスを通り、受付の人に挨拶されながらエレベーターへ。 最上階の奥にあるエグゼクティブルームが、このビルでのカイの部屋だそうで・・・。 立派な執務机と、その前にソファとテーブル。 カイは俺をソファに座らせて、シグマさんに何か確認をしてから部屋を出て行く。 「璃都、いい子で待っててね。なにか必要になったらシグマに言って」 「うん」 独りで待つんだと思ってたのに、シグマさんが居てくれるらしい。 俺が課題を取り出そうと鞄を開けると、シグマさんがケーキと紅茶を持ってきてくれた。 「ありがとうございます」 「いえ。璃都様、私に敬語をお使い頂く必要はございませんよ」 「え、いや、そーゆう訳には・・・」 「璃都様はカイザル様の番でいらっしゃいますので、璃都様も私の主人となられます。敬語はお使いになりませんよう」 「しゅ、じん・・・?」 え、シグマさんって、カイの秘書とかじゃないの? 主人ってどーゆう事? 「あの、シグマさんは、カイの秘書をされてるんじゃ・・・?」 「私はルプス家の執事です。カイザル様と璃都様を主人とし、お仕えしております」 「しつじ・・・」 「ですので璃都様、私に敬語や敬称は不要です。どうか、シグマとお呼びください」 「わ、わかりまし・・・ゎかった」 「ありがとうございます」 シグマさん、改めシグマがにこっと笑った。 執事って・・・現実に存在したんだ・・・。 そんな事言ったらシグマに失礼過ぎるけど・・・。 よし、課題やろう! ・・・その前にケーキ食べようかな。 3層のスポンジと生クリーム、バラの花を(かたど)ったリンゴのコンポート、綺麗なグリーンの葉はアメ細工かな・・・。 なんて芸術的なケーキ・・・食べるのもったいない・・・けど食べる・・・。 「・・・んん!」 美味しいっ! こんな美味しいケーキ初めて食べた! コンポートの甘さと、生クリームのコクと、中に入ってるリンゴの爽やかさ・・・。 ・・・これ、カイも好きかな。 「ねえシグマ、これカイも好き・・・え?」 俺の斜め後ろに立ってたと思ったシグマが、俺の横で俺にスマホを向けていた。 ちょっと待って、なにしてんの? 「申し訳ございません璃都様、カイザル様からのご命令で、撮影させて頂きました」 「・・・なんて事頼んでんだあのストーカーオオカミ」 シグマに消してと頼んでみたものの、カイザル様のご命令ですので、の一点張り。 主人の命に背くとどうなるか・・・シグマが可哀想なので取り敢えず今回の撮影は容認した。 後でカイに、シグマに変な事頼むなって言って聞かせなきゃ・・・。

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