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第20話

11月になって、カイが夜に仕事で会食に行くから、初めて独りで留守番する事になった。 今俺は、出かける前に俺の夕飯を作っているスパダリオオカミをカウンター越しに見てる。 「自分で作って適当に食べるのに」 「一緒に食事出来ないから、せめて俺が作った物を食べて欲しいんだ」 メニューはラザニアと、エビとアボカドのチョップドサラダ、キャベツと卵のスープ。 カイがサラダを冷蔵庫にしまい、着替えるために寝室へ行く。 俺も、なんとなく付いて行った。 「遅くなると思うけど・・・先に寝てる?」 「ううん、起きて待ってるよ。明日休みだし、天体観測してる」 支度を済ませたカイと階段を下り、玄関ホールで見送る。 もう出ないと間に合わない時間なのに、いつまで経っても俺を抱きしめて放そうとしないカイ。 迎えに来たシグマの笑顔がちょっと恐くなってきてる・・・。 「ほら、もう行かないとでしょ。遅刻するよ?」 「バルコニーはいいけど、絶対に外に出ないでね。いい?」 「はいはい」 「万が一誰か来ても開けちゃだめだからね?」 「わかったってば」 小学生みたいな扱いされてる・・・。 心配性オオカミだなぁ・・・。 「璃都(りと)、キスして」 「・・・っ、もぉ・・・」 このままでは(らち)が開かないと思い、カイの両頬に手を添えて唇にキスした。 ちゅ、と触れるだけのキスをするつもりが、カイに後頭部を抑えられ深く舌を絡められてしまう。 「んんぅ・・・ふ・・・んっ」 「はぁ・・・仕方ない、いってきます」 「ふぁ・・・ぃ、いってらっしゃいぃ・・・」 旦那送り出すだけで凄い体力削られたんだが・・・。 さて、まだ夕飯には早いので、書斎で少し勉強しようかな。 それにしても、絶対外に出るなって・・・どうせ出られないのによく言うよ・・・。 前に玄関から外に出ようとしたら、俺じゃドアを開けられなかったんだ。 後から来たカイは普通に開けられたのに。 指紋認証とかなのかな・・・。 つまり、現在俺はこの家に監禁中という事になる。 「白ブドウジュース持ってこ」 カイがワイナリーから取り寄せてくれた、俺お気に入りの白ブドウジュース。 グラスに注いで書斎へ持って行く。 イスに座り、ノートと参考書を出していたら、ポケットのスマホが着信を知らせた。 カイからだ。 「どうしたの、忘れ物?」 『いや、どうしてるかなと思って』 「さっき玄関で送り出したばっかだよ」 5分くらいしか経ってないと思うんだけど・・・。 『うん。今・・・書斎かな?』 「・・・なんでわかるの」 まさか・・・監視カメラとか、ないよな・・・。 『勉強は程々にね。何をするの?』 「微分積分」 『ああ、璃都は数学が好きだね』 「うーん、嫌いじゃないけど、ここ苦手だから」 『そう?璃都って完璧主義なとこあるよね』 この寂しがりオオカミ、まさか目的地に着くまでずっと電話してるつもりじゃないよね・・・? 俺、勉強したいんだけど。 「もう切るよ」 『ええ?どうしてそんな酷い事言うのぉ?』 「俺はこれから勉強するのぉ」 『愛する璃都と離れて、行きたくもない会食に行く俺を慰めてくれないの?』 「ちゅーしてあげたでしょ」 『足りない』 そんな事言われても・・・。 「どうしたら寂しんぼオオカミは元気になる?」 『会場に着くまで璃都の声を聞いていたい』 「俺がずっと喋ってればいいって事?」 『うん。ねえ、名前呼んで』 寂しんぼオオカミが甘えんぼオオカミにシフトチェンジした。 困ったな・・・。 でも、俺がこうして何不自由なく暮らせてるのも、高校通えてるのも、大学受験出来るのも、電話の向こうのオオカミのおかげなんだよな・・・。 「カイ・・・仕事頑張ってね・・・起きて待ってるから・・・カイザル・・・好きだよ・・・」 『璃都・・・俺も愛してるよ。大好き。終わったらすぐ帰るから』 カイの乗った車が会場に着いたらしく、カイはまた「愛してる」と言って電話を切る。 俺も勉強の続きをして、気付くと19時半になっていた。 「らっざにあっ、らっざにあっ」 書斎を出てキッチンへ。 カイが作ってくれた食事を温めてから、キッチンカウンターで食べる。 「んーっ!」 美味しい・・・さすがスパダリオオカミ・・・。 でも・・・。 「独りで食事って、こんなに寂しかったっけ・・・」 今まではそれが普通だったのに。 ・・・俺、着実に、カイなしじゃダメになってきてるのかも。 食事を終え、書斎で勉強の続きをしてから、ダウンジャケットを着てバルコニーへ出る。 今日は雲もなく、月も細い。 星が綺麗だ。 カイに買ってもらった望遠鏡で土星や木星を()ていたら、またスマホが鳴った。 「カイ」 『璃都、なにしてる?』 「土星の輪を観てた」 『ふふ、そっか。ちゃんと上着てる?』 「うん」 まだ仕事は終わってないけど、席を外せたから電話をかけてきたらしい。 ラザニアが凄く美味しかった、でもカイが居なくて寂しかった、と素直に話したら、カイの声が嬉しそうに聞こえた。 顔が見たいけど、仕事中でも俺を心配して電話をくれるカイに、余計な事は言いたくない。 『立食パーティーなんだけど、チョコレートファウンテンがあったんだ。機械を買って、今度家で一緒に食べ・・・おい、邪魔するな』 「え、カイ?」 『ごめん、璃都・・・おい、やめろ・・・』 「どうしたの?カイ?」 『やあ、こんばんは』 「ふぇ?」 カイの声じゃない。 誰? 『僕はリシド、カイザルの従弟(いとこ)だよ』 「え、あ、どうも・・・」 カイの従弟・・・じゃあこのヒトもハイイロオオカミの獣人、かな。 それにしても、なんで電話に・・・。 『君が璃都ちゃんだよね?カイザルのお嫁さんの。ねえ今度食事しよう?カイザルも連れてきていいからさ』 「あ、はい、お誘い、ありがとうございます・・・」 『あはっ、そんなかしこまらないでよ!それじゃまた・・・あっ』 「り、リシドさん?」 『璃都っ、ごめんね、変なのが邪魔して。あと1時間くらいで帰れると思うから』 「う、うん、わかった。気を付けて帰ってきてね」 『うん。愛してるよ、璃都』 な、なんだったんだろ・・・。 ・・・リシドさん、か。 どんなヒトだろ・・・話した感じは明るくていいヒトそうだったけど・・・。 ・・・そう言えば、カイの家族って、会った事ないな。 結婚したけど、両親に挨拶もしてないし、兄弟とかいるのかも、知らない・・・。 「俺・・・カイの事・・・全然知らないんだ・・・」 カイに家族の事とか、聞いて、いいのかな。 両親とかに挨拶してないのって、もしかして・・・俺が人間で、しかも男子だから・・・? 優秀な獣人の相手として、認められないって、思ったから・・・? カイは、どうして俺と結婚したの・・・? 番だから・・・? なんで俺を番にしたの・・・? 12年前に、5歳の俺を噛んだから・・・? 責任を取るため・・・? もし、俺を噛んだ事が・・・それが、間違いだったら・・・? 「・・・どうしよう」 ただの想像だったはずなのに、それが真実なんじゃないかって思えてくる。 俺はカイの番に相応(ふさわ)しくない。 だから結婚するべきじゃなかった。 カイの家族にはなれない。 この家にいていい人間じゃない。 ・・・だめだ、勝手にどんどん考えてしまう。 恐くて部屋に戻れないまま、バルコニーの端っこに座り込んだ。 俺、言われた事()に受けて、甘えきって、カイに迷惑かけてただけなんじゃないのかな。 なんか、頭がぐちゃぐちゃになってきた・・・。 視界が歪んでる。 ・・・あ、泣いてるんだ。 カイの事、好きって自覚してから気付くなんて。 なんでもっと早く、俺はカイの番に相応しくないって、気付けなかったんだろう。 さっきまで綺麗だって思って見てた星空が、俺の感情みたいに、ただの黒い虚空になっていった。

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