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第52話
今日は4月1日、エイプリルフールだ。
俺は生まれてこの方、エイプリルフールだからといって嘘をついた事はない。
嘘つく相手もいなかったし。
だが、しかし。
「ねえ、カイ」
「ん?」
今は、居る。
嘘をつく相手が。
「・・・えっと」
「なあに?」
「・・・ちょっと待って、もうちょっと考える」
「ふふっ、うん。待ってる」
とは言え、咄嗟に嘘なんて思い付かない。
下手な嘘つくと、自分が危険な目に遭う気がするし・・・。
今日もカイと一緒に出社して、カイの執務室で待機だ。
大学で使う参考書を持ってきたから、読みながらどんな嘘つくか考えよ・・・。
「璃都 様、もしやカイザル様に嘘をつかれようとなさっておいでですか?」
「・・・なんでわかった」
さすがデキる執事。
主の事はお見通しですか。
「本日はエイプリルフールですから。カイザル様もきっと、楽しみにしておいでですよ」
「えぇー・・・」
俺が嘘つくってバレてるって事?
それ、嘘つく意味、ある?
「シグマはどんな嘘がいいと思う?」
「そうですね・・・カイザル様が喜ばれそうなものですと・・・しっぽが生えた、とか」
「それ、その場で脱がされて確認されるやつだよね?却下」
「牙が生えた、とか」
「それもヘンな方法で確かめようとしてくるよね?却下」
「背中に翼が生え・・・」
「なんで俺になんか生える嘘ばっかなの」
背中だって服脱がされるやつじゃん。
・・・あ、カイが喜ぶの前提に考えてるからか。
シグマに聞いたのが間違いだったな。
こんな時は・・・。
『どした?』
「俺、カイと別れる事にした」
『はっはっは、そりゃ無理な嘘だな』
玲央 に電話で相談するついでに嘘をついてみたものの、速攻でバレた。
つまんないな。
「玲央はりっくんにエイプリルフールした?」
『しねーよ、んな危ない事』
「なんで危ない?」
『下手な嘘ついてみろ、痛い目見んのはこっちだぞ』
ですよねー。
でも、せっかくだからエイプリルフールやってみたい・・・。
『今の、カイザルさんと別れるとかゆー嘘、死にたくなかったら言うなよ』
「わかってるよ。ちゃんと自分が安全な嘘をつこうと考えてんの」
『なら、しっぽが生えたとか牙が生えたとか・・・』
「シグマと同じ事言ってる・・・」
だめだ、今回は先輩もあてにならない。
玲央は在宅で仕事中だったので、またねと言って電話を切った。
嘘・・・どんな嘘が安全かつ面白いかな。
・・・いっその事、嘘をつかない、と言う嘘とか。
俺がどんな嘘つくか楽しみにしてるのに、嘘をつかないと宣言しておいて、油断してるとこに嘘をつく。
「よし、これでいこう」
「ナニでイくの?」
「ひあっ!?」
耳元で囁くなっ!
いつの間にか戻ってきてたカイが、ソファに座る俺の後ろに立ってた。
耳元で囁いたついでに耳を噛んでくる。
「耳噛むな。どこも行かない」
「ああ、そっちの行く?」
「そっちってどっちだよ」
まあいいや。
よし、さっそく言おう。
「今日さ、エイプリルフールだよね」
「そうだね」
「でも俺、もう嘘つかないって約束したし、嘘つかないね」
「そう?今日だけはどんな嘘でも許してあげたのに」
「え?そうなの?」
なんだよ、だったら気にしないで嘘つけばよかったな。
「それよりも、璃都に謝らないといけない事があるんだ」
「謝る?なに?」
カイのオオカ耳がぺたんと倒れてる。
え、なに・・・?
「トラブルがあって、これから出張に行かないとならなくなったんだ」
「出張?どこに?」
「海外なんだけど・・・ひと月くらい帰って来られないかもしれなくて・・・」
「かいがい・・・ひとつき・・・?」
え、そんな、いきなり?
でも、トラブルって・・・仕事なら、仕方ない・・・。
「失礼いたします。CEO、出られますか?」
ノックの後、秘書の高良 さんがカイを呼びに来た。
え、出張、今から行くの?
「ああ、少し待ってくれるか」
「カイ・・・」
「シグマと帰って、お家 から出ないでね。大学へ通うのも、シグマに送り迎えしてもらって。食事はシグマが用意したものか、リシドが作ったものなら食べていいよ。1階のキッチンで作ってもらってね」
一方的に不在中の注意事項を伝えられる。
ほんとに緊急事態なのかな・・・カイ、焦ってる。
どうしよ、待って、このまま行って1ヶ月も帰って来ないの?
大学の入学式だって、一緒に来てくれるって言ったじゃん。
なんで、俺、こんな不安なんだろ。
施設から引っ越して独り暮らしする時も、高校の入学式も、ずっと独りでも、不安なんてなかったのに。
「カイ・・・」
「ごめんね、行かなきゃ。いい子にしてるんだよ」
「カイ・・・ま・・・」
待って、なんて言っちゃだめだろ。
仕事なんだし、カイは最高経営責任者だし、俺は子どもじゃないんだし・・・。
だけど・・・。
「・・・ま・・・って、ごめ・・・待って・・・っ」
「なに?」
急いでるのに、引き止めたらだめなのに・・・。
すぐ・・・すぐ済ませるから・・・!
「きっ・・・キス、して・・・」
「璃都・・・・・・可愛いっ!」
カイにがばっと抱き上げられ、激しく口付けられる。
「んんっ・・・んぁ・・・はふ・・・んぅ・・・っ」
・・・ちょ、長くない?
急いでるんだよね?
そりゃ、俺が呼び止めて、キスしてってお願いしたんだけどさ。
「んは・・・も、おしまいっ」
「ええ、もう?璃都、泣いちゃいそうな顔しておねだりしてくれたから、いっぱいシてあげないとと思ったのに」
なっ・・・泣いてないしっ。
「ほ、ほら、高良さん待ってるし」
「ああ。高良、待たせて悪かった。俺は出ないから、行っていいよ」
「そうですか。では、失礼いたします」
「・・・・・・ん?」
出ない?
え?
なに言ってんの?
出張行くのに高良さんが迎えに来てくれてたんじゃないの?
行っていいよって、高良さん独りで出張行ってこいって事?
「しゅっちょーは?」
「出張?ないよ」
「ないよ?」
「エイプリルフールだよ」
「えいぷり・・・」
───やられた。
まんまと騙された事が恥ずかしくて、ぶわわっと顔が熱くなる。
同時に、ほっとしてしまって・・・。
「あっ、泣いちゃった、ごめん、ごめんね璃都っ」
「ぅゔーっ」
ぼろぼろ涙が溢れて、子どもみたいに泣いてしまう。
くそぉ・・・悔しいぃ・・・。
「俺がいなくなるって思って不安になっちゃったんだよね。可愛いなぁ。お家帰っていっぱいよしよししてあげなきゃ」
「い"らないぃーっ」
高良さんの「出られますか」は出張へ出発できるか聞いてたんじゃなくて、この後の会議に出るか出ないか聞いてたらしい。
なんつータイミングで聞きにきてんの・・・。
「ばかぁ・・・っ・・・も、きら・・・」
「嫌いになんてならないよね?璃都、お外出たいもんね?」
それは暗に、嫌いと言ったら家から出さないって事か。
「帰ってお昼ご飯にオムライス作ってあげる。チーズ入りのミニハンバーグも付けてあげるよ。ほら、嫌いじゃなくて、なんて言うんだっけ?」
俺を抱いたまま歩き出すカイ。
今日の仕事はもう終わり?
「・・・ぃ・・・意地悪嘘つきオオカミ・・・」
いくらエイプリルフールだからって、人を泣かせるような嘘ついたらだめだろ。
「そっか、たまには痛いお仕置きもした方がいいかな・・・」
「大好きっ!大好きだからっ!カイもオムライスもぉっ!」
「ふふっ」
なに笑ってんだよ。
もしかして、痛いお仕置きも嘘?
・・・ムカつく。
「俺、たった今からオオカミアレルギーになった」
「良く効く薬を用意しないとね」
「番アレルギーも発症した」
「それは大変だね」
「抱っこ恐怖症」
「克服できるまで抱っこし続けなきゃ」
「お家恐怖症」
「普通はお外が恐くなるはずなんだけどな」
俺の言う事、全部嘘だと思ってるな。
半分本気なんだけど。
「オムライスはデミグラスソースにして」
「オムライスはアレルギーにならないの?」
「オムライスは悪くない」
「ふはっ」
車に乗り込み帰宅して、チーズ入りミニハンバーグをのせデミグラスソースをかけたオムライスを作ってもらい、膝上に座らされてよしよしされながら食べた。
うん、やっぱり、オムライスは悪くない。
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