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第54話

「それで、カイは何をしてシグマに怒られたの?」 「・・・記憶が飛んだと申し上げましたが」 「大丈夫、デキる執事は思い出せる」 「・・・カイザル様にはご内密にお願いいたします」 大学の講義が終わってシグマが迎えに来てくれたので、車中でこの前聞けなかったカイの話を聞く事にした。 「何度かあったのですが、基本的に理由は全て同じでしたので、最初にお叱りした時のお話をいたします」 「同じ事で何度も叱られてたの?進歩しないオオカミだな・・・」 「まあ、そうとも言えますが・・・あれはカイザル様が15歳の時です」 15歳・・・え、なんか、嫌な予感。 「学校から帰ってくるはずの時間から大幅に遅れ、口元を血で汚し、帰宅されるなりありとあらゆる物を破壊して大暴れなさいました」 口元に血・・・ああ、聞かなきゃ良かった。 「訳を聞いても噛み付くばかり。部屋に籠ったので旦那様もそっとしておくようにと仰せでしたが、食事をお待ちしたところ、部屋の中はまるで地獄の様相で・・・」 「・・・・・・」 なんも言えねぇ・・・。 「いつまでも暴れられても困りますし、明らかに誰かを噛んで負傷させたであろうカイザル様を抑え付けて叱り、お相手が無事なのか問い(ただ)しました」 えー・・・無事ではなかったですが、生きてます。 その頃にはたぶん、施設に帰って怪我に気付かれ病院へ担ぎ込まれていたかと。 「なんとか聞き出した話では、幼い男の子の(うなじ)を噛み、噛まれた子は泣きながら逃げたと。すぐ旦那様に報告し、被害者の捜索を開始いたしました」 わぁ、捜索されてたぁ・・・。 「何故、獣人に噛まれたと、医者や警察に届け出なかったのですか?」 あれ、今度は俺が叱られるやつ・・・? 「ええと・・・5歳児だったし、孤児だし、問題を起こしちゃいけないって思ってて。手で押さえてれば治るとか思ってたのかも。たぶん、医者にもこれどうしたのって聞かれたんだろうけど、なんでもないって言い通したんじゃないかな」 「下手をすれば死んでしまっていたかも知れないんですよ?」 「まあ、今ならわかるけど、5歳児に理屈なんて通じないでしょ」 「はぁ・・・本当に、生きていてくださって良かった。璃都(りと)様が亡くなっていたら、カイザル様はすぐにでも後を追ったでしょうから」 そんなまさか・・・。 ほんの数分、一緒にいただけなのに。 夢だと思ってた記憶だけど、なんとなく覚えてるのは「迷子?」って聞かれて、見上げたら犬みたいな耳が生えたお兄さんで「わんこのおにーちゃん」って呼んで、手を繋いで・・・。 みんなのとこに連れてってくれるんだと思ったら「俺のモノになって」って言われて手を引かれて、俺は施設に帰らなきゃいけないって思ってたから「行かない。バイバイ」って言って手を放した。 そしたら・・・。 「獣人とか番とか、なんにも知らなかったから、いきなり後ろから首噛まれてびっくりして、食べられちゃうって思って走った。見つかったら食べられちゃう、早く帰らなきゃって・・・。俺も、生きてて良かったって思うよ。何年も経ってから、自分が噛んだ子が死んでたって知ったら、カイが可哀想過ぎる・・・」 12年も、諦めずに俺の事探してたカイが、俺が死んでたなんて知ったら・・・。 身体の内側を握り潰されるみたいに、痛い。 「いえ、いきなり5歳児に噛み付いたカイザル様が全面的に悪いです」 「あはっ、だよね。賢い獣人の癖に、考えなしの行動だよね」 それにしても、何度も俺の事で暴れて叱られてたんだ。 進歩しないとか言って、ちょっと悪かったな・・・。 「・・・あれ、じゃあ、他の事で叱られた事はなかったの?」 「ありません」 「・・・完璧オオカミめ」 もっと微笑ましいエピソードを期待してたのになー。 ─────── 「璃都、終わったよ。帰ろう」 「うん、お疲れさま」 執務室で勉強して待ってたら、カイが戻って来た。 カイの笑顔を見たら、なんかわかんないけど無性に抱きしめたくなって、ソファから立ち上がり抱き付いてしまう。 「璃都?どうしたの?そんなに寂しかった?なにかあった?」 「・・・なんでもない。カイが好きだから抱き付きたかっただけ」 「可愛い・・・けど、本当にどうしたの?大学でなにかあったんじゃ・・・」 「ないから、抱っこして。頭撫でさせて」 カイがひょいっと俺を抱き上げてくれた。 脚でカイの腰を挟んで、カイの頭を自分の胸に引き寄せ、ぎゅって抱き込みながら撫でる。 よしよし、いい子いい子、もう暴れなくて大丈夫だからな。 「・・・いい匂い。ずっとここで呼吸してたい」 「あ、ちょっと、吸うな。俺はネコじゃないってば」 「璃都吸い・・・最高・・・」 変態オオカミ・・・だけど、今日だけは許してやるか・・・。 「璃都様の帰り支度は済みましたので、そのままお車へどうぞ」 「ああ」 「え、ちょ、このまま?カイ、前見えてないじゃん」 俺のリュックを持ったシグマと、抱き上げた俺の胸に顔を埋めたままのカイが執務室を出る。 いやいや、社員(みんな)が見てるからっ! さすがに恥ずかし過ぎる! CEOがそんなんで大丈夫なの!? 「カイ、転ぶから、顔上げて、前見て・・・」 「嫌だ。一生ここで息する」 「あーもー・・・」 オオカ耳、ぷるぷるしてる、可愛い・・・。 転んでも知らないからな。 ─────── 結局、社内でも車中でも、俺を吸い続けてたカイ。 なんで前見ないで普通に歩けてるんだろ・・・。 「家着いたよ、そろそろ下ろして・・・」 「一生ここで息するって言ったよ」 「それでどうやってご飯食べんの?」 シグマから俺のリュックをノールックで受け取り、玄関ホールに入って靴を脱ぐ甘えんぼオオカミ。 ・・・あ、ちょっと待て、俺も靴を脱ぎたいんだけど。 「靴脱がして」 「靴は服と一緒にベッドで脱ごうか」 「・・・は?」 なにそのセリフ・・・聞き覚えがあるんですけど。 俺のトラウマが蘇る・・・。 「あの時下ろしてもらってたら、走って交番に駆け込もうと思ってた」 「じゃあ二度と下ろさない」 「いっ、今はそんな事ないからっ!下ろしてっ!」 それに、今更交番に駆け込んだところで、結婚しちゃってるし・・・。 「ねー、さすがにこのまま階段は危ないって。下ろさなくていいから体勢変えようよ」 「ここ以外で息できない」 「そんな訳あるかっ」 結局、体勢を変えず前も足元も見えてない状態で普通に階段を上がった。 ほんと、どうなってんの? 「靴、カーペットにぽいってしないでよ」 「もう制服を脱がせないの、寂しいな」 「へんたいっ」 俺をベッドに下ろし、やっと顔を上げた変態オオカミ。 あ、また靴をぽいってしたな。 ハウスキーパーさん、ごめんなさい・・・。 「ズボンからだったよね」 「はえ?・・・ぅあっ」 ズボンを下着ごと脱がされる。 抵抗する間もない。 「次はカーディガン」 ゆるっと着られるざっくりニットのカーディガンも、大き目のボタンを1つずつ丁寧に外され脱がされる。 ・・・あ、この下のシャツ、ボタンぶちってされないよな。 あの時は止めようとして、カイの手を掴んだんだっけ。 「抵抗しないの?」 「したら乱暴にするんでしょ?いい子にしてるからボタン千切らな・・・ぁむ・・・んん・・・っ」 キスしながら押し倒され、シャツのボタンに手がかかる。 そうそう、ちゃんとボタン外して・・・。 「ねえ、抵抗して?」 「ふぇ?」 いや、だから、そんな事したらシャツだめにされるじゃん。 俺の着てる服、お義姉(ねえ)さんが作って送ってくれたやつだよ? 超有名デザイナーの手作りで、粗末にしちゃいけないやつなの。 「なんで・・・」 「縛られるの、嫌でしょ?逃げなきゃ、明日休みだし酷い事されるよ?」 ・・・え? なにその恐怖の予告? 189cm(オオカ耳含まず)のハイイロオオカミ獣人に押し倒されてんのに、どうやって逃げろと? それに、抵抗したら結局乱暴にされるじゃん。 「どっちみち俺に救いがないんだけど」 「そんな事ないよ。逃げて、寝室の外に出られたら璃都の勝ち。大人しく夕飯の支度をします」 「・・・ほんと?」 こうして、俺とカイの謎の攻防戦が始まった。

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