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第56話
明日からゴールデンウィーク。
今日の夜はニクスとネージュさん、りっくんと玲 央 も加えた6人で食事に行く約束をしてる。
「奥様、次の教室への移動は右の階段をお使いください」
「うん。ありがと、イオ」
イオは本当に優秀なボディーガードだ。
いつも、人の気配が少なく俺やニクスにとって安全なルートを案内してくれる。
「あのぉ、すいませぇ・・・」
「奥様になにかご用ですか?」
「いっ、いいえっ!失礼しましたっ!」
俺たちに声をかけようとしてきた先輩っぽい女性が、イオに威嚇されてそそくさと逃げて行った。
目的はニクスかな。
女性にも容赦ないけど、ちゃんとした用事がある人に対してならイオは威嚇しない。
なんで違いがわかるのかって聞いたら、やっぱり匂いなんだとか。
イヌ科の嗅覚は凄いなぁ。
「璃都 、ほんと人気だよね」
「は?俺じゃなくてニクスだろ?」
ニクスは俺より小さくて可愛くてふわふわしてて、その上もふ耳がある。
俺は普通の人間だし。
「まあ、僕もこの見た目だから興味を持たれる事はあるけど・・・璃都程じゃないよ」
「いや、別に誰も俺に興味なんて・・・」
・・・あ。
ふと、茜色に染まったビーチでの記憶が蘇 る。
カイの「いい加減、自覚してくれない?」って言葉。
「・・・自覚するってのも難しいんだよなぁ」
「鏡見るだけで自覚できないの、ほんと不思議」
鏡なんてほぼ毎日見てるけど、自分の顔見ても特に感想なんてない。
可愛くも格好良くもない、不細工でもないと信じたい、美人かと言われてもわからないから、普通だと思う。
「ニクスは自覚できてんの?」
「うん。僕、可愛いよ」
「あはっ」
ニクスがわざわざ小聡明 可愛い仕草をして見せるから、思わず笑ってしまった。
うん、可愛いよ。
「璃都もやってみて」
「なにを?」
「そうだな・・・番におねだりする時の仕草とか」
「ええっ?」
なんで?
恥ずかしいじゃん。
「おねだりする時の仕草ってさ、自分が一番可愛く見えるようにしてるはずでしょ?それするのって、自覚の第一歩だと思うんだ」
「ええ・・・そ、そんなつもりは・・・」
俺、自分が可愛く見えると思って、上目遣いで「買って?」とか言ってたのか・・・?
「ちょっとやって見せて?僕もやったんだから」
「ええ・・・」
確かに、ここでやらないのはフェアじゃない、か・・・。
「・・・・・・買って?」
「反則っ!店ごと買わずにはいられないっ!美人で可愛いとか無敵過ぎるっ!」
「ちょ、お、落ち着いてっ」
ニクスまで何言ってんの?
店ごと・・・確かにカイもそう言ってたけど・・・。
「じゃあこれ、封印する」
「だめだよ、番にはやってあげなきゃ。喜ぶでしょ?」
まあ、喜んで・・・るの、かな。
しかも、カイ相手だとキスも追加しないといけないし・・・。
よし、やっぱ封印しよ。
「奥様、ニクス様、席はこちらを」
「うん、わかった」
喋りながら歩いてたら、いつの間にか教室に着いてた。
イオが勧めてくれた席に、間を1席空けてニクスと並んで座る。
今日はこの講義で最後だ。
終わったらニクスと迎えの車でレストランに向かうけど・・・メニューはなんだろ。
───────
「ちょりと、お疲れ」
「玲央?迎えに来てくれたの?」
駐車場に見覚えのあるSUVがあるな、と思ったら玲央のベンツだった。
「あ、ニクス、玲央はりっく・・・ええと、俺の旦那の従弟 の番で、法学部のOB。玲央、ニクスはカイとりっくんの主治医の番だよ」
「初めまして、ニクス・レパードです。よろしくお願いします」
「ああ、よろしくな。ちょりとの友達なら俺も友達って事で。玲央って呼んで。敬語もいいから」
俺は助手席、ニクスは後部座席に乗り込む。
「イオ、今日もありがとう。ゴールデンウィーク、ゆっくりしてね」
「はい、ありがとうございます。奥さまも、お気を付けて」
迎えに来たのがカイじゃない時、イオはいつも俺が乗った車が出発するまで見送ってくれる。
真面目だなぁ。
「ねえ、ちょりとって、璃都のあだ名?」
「そーそー。ちょろい璃都だから、ちょりと」
「余計な事言わなくていいから・・・」
それから、お互いの旦那の愚痴で盛り上がってたら、あっという間にレストランに到着した。
「お帰り、璃都」
「玲央ー、ちょりとたちのお迎えありがとー」
「ニクス、お疲れ様」
駐車場に車を停めて降りると、車中で大なり小なり非難の対象になっていた旦那たちが出迎えてくれる。
「ニクス、こいつ俺の旦那」
「初めまして、ニクス・レパードです」
「初めましてー、リシド・ルプスです。旦那さんにはお世話になってます」
「お世話してます。まあ、リシドはちゃんと定期検診受けてくれるのでいいんですけど。問題はカイザルですね。すぐサボるんです」
サボるだと?
「うちのオオカミがすみません。こら、カイ、ちゃんと検診受けなさい」
「璃都が一緒に来てくれるなら」
「子どもか」
まさか、注射恐い、とか?
これは・・・ついにカイの弱点を見つけたのでは?
「璃都、可愛い顔して悪い事考えてる?」
「ないない、考えてない。あの、ネージュさん、今度連れてくんでありとあらゆる注射を打ちまくってやってください」
「あ、じゃあ採血の練習台にしますね」
「どーぞどーぞ。医療の発展に貢献できるならウチのヒトも本望でしょう」
6人でぞろぞろとレストランに入り、テーブルに着く。
・・・あれ、カイが大人しいな。
もしかして、注射の話が恐かった?
「カイ、だいじょ・・・」
「ウチのヒトって言い方、人妻っぽくていいね」
アホな事言ってた。
注射は弱点じゃないの?
「じゃ、乾杯しよー」
俺とニクスはアランチャロッサって赤いオレンジジュース、他のみんなはカンパリソーダで乾杯。
メニューはイタリアンだ。
「アランチャロッサ美味しい」
「取り寄せておくね。アクアパッツァ食べる?あーんして?」
「ニクス、マルゲリータからバジルをよけるのやめなさい」
「ネネにあげる」
「カンパリソーダおかわりー」
「ペース早ぇよ」
あ、カンパリソーダってお酒なのか。
カイ、大丈夫かな・・・。
「ネージュさんも飲むんだね」
「うん。飲んでも全然変わらないんだけど、好きみたい」
「変わんないのいいじゃん。カイは弱いのに飲むから、後が大変なんだよ・・・」
「カンパリソーダ なら大丈夫だよ。璃都もいるし」
「だから、俺で酔いを覚ますなってば」
りっくんと玲央に見られるのは諦めてる。
だけど、ネージュさんとニクスに恥ずかしいところは見られたくないんだ。
「次ワイン飲もー」
「ああ」
「ロゼにしようぜ」
「いいですね」
ワインだと?
またりっくんのペースで飲まされでもしたら大変だ。
「カイはだめ」
「ええ、どうしてそんな意地悪言うの?じゃあワインの代わりに璃都吸っていい?」
「もっとだめ」
「吸うってなに?」
「ニクスは知らなくていいから」
カイ、結局みんなと一緒にワイン飲んじゃうし・・・。
まあ、せっかく楽しく食事してるんだから、許してやるか。
「なあ、2人は学科も同じなのか?」
「うん。創薬科学科」
「僕も璃都と同じで、研究職に就きたくて。学校ではずっと一緒に行動してるよね」
「カイザルが璃都くんにボディーガードを付けてくれているおかげで、ニクスも安心して学校に行けますね」
「ボディーガードって誰ー?」
「イオだ。ローたちの従弟の」
そう言えば、俺がいなかったらニクスはボディーガードなしで通学する事になったのでは?
帰りだって、ネージュさんが来ない時は俺を迎えに来た車で送ってるけど・・・。
「ネージュさんは、ニクスにボディーガード付けようとか思わなかったんですか?」
「思わないですね。璃都くんと違ってニクスは私と同じユキヒョウの獣人ですから、独りで行動しても危険はないですし」
そっか、忘れてた。
ニクスは可愛いだけじゃなかったんだった・・・。
「ニクスって、もしかして強い?」
「璃都と玲央が相手なら、2人まとめてかかって来られても負けないよ」
まじか。
「玲央ぉ、俺たち弱いってぇ」
「あのなぁちょりと、可愛くたって相手は肉食系の獣人だぞ?勝てる訳ないだろ。つか俺たちって言うな。弱いのちょりとだけ」
待ってよ、何を根拠に俺より強いと言い張ってんの?
「玲央のどこが俺より強いの?」
「剣道五段」
「・・・・・・ぅぅ"、玲央が虐めるぅっ!」
「りぃ、泣かないで。こっちおいでぇ。よしよし、りぃは頭が良いんだもんねぇ。俺が護るから、りぃが一番強いよぉ」
こんな感じで、わちゃわちゃしながら楽しく食事をした。
3時間後にシグマとローが迎えに来てくれた頃には、俺はカイに抱っこされ、玲央は爆睡してたけど。
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