59 / 75

第59話

目が覚めて、最初に目に入ったのは、綺麗な胸筋。 これ、誰かさんにがっちり抱きしめられてるな。 見上げると、眠っているカイの顔。 見上げる時に動かした首から順番に、全身の痛みを知覚する。 「いっ・・・ぅ・・・」 「・・・ん、璃都(りと)?・・・ああ、そうだ、手当てしなきゃ・・・いや先にお風呂行こう、抱っこするね」 一眠りしてオオカミは正気に戻ったらしい。 少し狼狽(うろた)えてるみたいだな。 抱き上げられて気付いたけど、事件の発端となったベビードールは、ずたずたにされベッドの上で散り散りになっていた。 なんて無惨な・・・。 一歩間違えれば、俺自身がああなってたかもと思うとぞっとする・・・。 「璃都、大丈夫?傷が酷いから、シャワーだけするね。()みるだろうけど我慢して?」 「・・・んっ・・・ぃ・・・っ」 「いい子。我慢できて偉いね、いい子だね」 シャワーで身体を流してもらい、何ヶ所かビリっと痛んだけど、耐えた。 その間、カイが子どもをあやすみたいに、ずーっとよしよししてくる。 痛みが(まぎ)れる気がするから、されるがままにしておいた。 身体を拭かれ、バスローブを着せられて、寝室のカウチへ下ろされる。 カイが救急箱を持ってきて、噛み痕に薬を塗り、腕とか脚とか何ヶ所もガーゼをあてた。 首のガーゼには、その上から包帯を巻く。 首、そんな酷いんだ・・・。 「璃都・・・ごめんね。自制できなかった。あまりに扇情的過ぎて・・・」 「ううん、謝んなくていいよ。俺が煽ったせいでもあるし・・・」 扇情的な格好は、カイを凶暴化させるという事を学んだ。 「・・・ところであれ、どうしたの?」 俺にスウェットを着せながらカイが聞いてきた。 あれ? あ、ベビードールの事か。 「お義姉(ねえ)さんが送ってくれた、秘密の10着の内の1つ」 残りの9着も、アレ系だったんだよな・・・。 もう、あのままチェストの奥深くに封印しとこう。 「・・・まだあと9着あるんだね」 「嬉しそうにするな。封印するって決めたんだから」 俺はあんな格好で死にたくない。 カイがベッドを綺麗にしてる間に時間を確認する。 もうすぐ3時か・・・。 「おいで」 俺を抱き上げようと手を伸ばしてくる世話焼きオオカミ。 シャワーも浴びて、ちょっと目が冴えちゃったんだよな・・・。 明日、じゃなかった今日は祝日でカイも休みだし、大丈夫だよね。 「ねえ、バルコニー行こ」 「星見たいの?いいよ」 カイは俺を抱き上げたまま、キッチンでホットミルクを作り、2つのカップに注いだ。 俺とカイで1つずつ持ち、バルコニーに出る。 「おおっ、満天の星空!」 「昼間も天気が良かったからね」 ハンギングチェアに座り、ブランケットを羽織ったカイに後ろから抱き込まれた。 手にはホットミルク。 ・・・あったかい。 「明日・・・じゃなかった、今日、家でのんびりコースな」 「うん。内腿噛んじゃったし、痛くて歩けないんだよね?」 「・・・1日中抱っこしてもらうからな。あとおんぶも」 「願ったり叶ったり」 願うな叶うな。 この体勢だと、いつもなら首元にすりすりしてくるカイだけど、傷を心配してかしてこない。 その代わり、今回は無傷だった(うなじ)にずーっとくっ付いてる。 ・・・これ、吸ってるな。 吸盤でも付いてんのか・・・あっ、タコのぬいぐるみとか欲しいな。 「カイは金曜から連休なんだよね?」 俺は祝日に挟まれた平日も休みだけど、カイは仕事だから、今週の金曜から来週の火曜までが連休だったはず。 因みに、土曜から2泊3日でりっくんと玲央(れお)と4人で旅行に行く予定だ。 最終日は旅行の翌日だし家でゆっくりしたいから、行くなら金曜だと思って。 「うん。どこか行きたいの?」 「水族館」 「海に帰れない仲間探し?前回とは別のとこ行こうか。シャチがいるとこ」 「うんっ!」 ホットミルクを飲み終わり、またカイに抱っこされて寝室へ戻った。 ─────── 「思ってたよりちゃんと濡れたぁっ!」 「ふふ、嬉しそうだね」 約束通り、シャチがいる水族館に来た。 ショーを見たんだけど、思ってた以上の水飛沫(みずしぶき)に襲われ、2人して髪がびしょびしょだ。 「ごめんカイ、やっぱポンチョ買わなきゃだめだったね・・・俺が、せっかくだから水飛沫浴びたいとか言ったばっかりに・・・」 「これもいい思い出でしょ。それに、さっき買ったシャチのフード付きタオルが役に立つし」 「そんなのいつの間に買ってたの?」 被るとシャチになれる、フード付きタオル。 黒とピンクがあって、カイは黒、俺は案の定ピンクを渡される。 「カイ・・・なんか可愛い」 「こう見えて海のギャングなんだけどな。それに、璃都はいつでも可愛いよ」 シャチ2頭で手を繋ぎ、館内を観て廻る。 「ベルーガ、おでこぷよぷよ・・・」 「ここのアザラシもサービス精神旺盛だね」 「凄い、空飛んでるみたい・・・!」 「エトピリカ、だって」 レストランで食事して、クラゲゾーンでのんびりして、お土産屋さんで今日の目的である海に帰れない仲間探しをする。 タコ、いるかな・・・。 「いたぁ!」 「タコが欲しかったの?」 80cmもある、マダコのぬいぐるみだ。 妙にリアル・・・。 目が恐いけど、そこがまたいい。 「誰かさんから連想しちゃって」 「誰か・・・って、まさか俺以外から連想なんてしてないよね?」 「大丈夫、俺に吸い付くカイから連想したから」 「良かった」 なにが良かったんだか。 ・・・あ。 「マンボウ・・・」 ネズミ色をした、ビーズクッションのマンボウ。 泳ごうという気がまったく感じられないぺたんこ感で、棚に横たわっている。 「それも連れて帰る?」 「うーん・・・海に帰りたいという気概を全く感じられない。不合格」 誰でも仲間になれると思うなよ。 タコくらい目に狂気を宿して出直してこい。 「ふはっ・・・ふ・・・くく・・・っ」 オオカミのツボに入ったみたい。 もぉ、笑ってないで、ちゃんと聞いてくれよ。 少し前屈みになって笑ってるカイに、下からちゅっとキスしておねだりする。 「これ、買って」 「璃都に不意打ちちゅーされちゃった。璃都食べたい。タコ(それ)買ってすぐ帰ろう」 そう言って、俺を抱き上げてレジへ行こうとするカイ。 ちょっと待って! 水族館(ここ)で抱っこはやめて! 「こら、下ろせってば」 「やぁだ。逃したくない」 「逃げないって知ってるだろ」 暴れたところで無意味なので、結局カイに抱っこされたまま車へ運び込まれた。 助手席に座らされ、シートベルトをしてもらう。 膝の上には新入りのマダコ。 「マダコぉ、聞いてよ、俺の旦那が横暴なんだ」 「また俺の旦那って言ってくれた。それ好き」 「喜ぶなってば」 ご機嫌オオカミの運転で、車は1時間もかからず家に着いた。 ・・・え、なんか往路(いき)よりだいぶ早くない? 法定速度守った? 「着いた。おいで、璃都」 「んー、抱っこはいいんだけど、明日から旅行だから・・・」 「今夜はいっぱいシようね」 「違う、そーじゃない」 荷造りして早く寝る、でしょ。 朝早いって言ってたし。 「ところで、旅行先はどこなの?」 「あれ、言ってなかった?ルプス家の別荘に行くんだ。温泉もあるよ」 「へぇ」 別荘・・・どんなとこだろ。 去年初めて行ったけど、いいよな温泉。 また露天風呂あるかな。 それから2人で荷造りして、夕飯作って食べて、お風呂に入った。 「ねえ、璃都ぉ」 「だぁめ。明日朝早いんだから」 ベッドに入った途端、変態絶倫オオカミが覆い被さってくる。 こら、パジャマの中に手を入れてくるな。 「1回だけ」 「それカイだけじゃ・・・」 「璃都は朝出る時、寝てていいよ」 「ちょ・・・だめ・・・だ・・・ってぇ・・・っ」 バカオオカミめ・・・ほんとに俺、朝起きないからなっ!

ともだちにシェアしよう!