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第62話

梅雨に入り、憂鬱な天気が続いていた。 だからといって何か変わった事があった訳でもなく、いつも通り過ごしていたのに。 「今日はベッドから出ちゃだめだよ」 朝起きて突然、隣に寝ていたハイイロオオカミ獣人の旦那から宣告された。 え、なんで? 俺は寝起きで、まだ悪い事もしてないし、今日は平日で学校もあるのに。 「ええと・・・理由をお伺いしても?」 「璃都(りと)の具合が悪いから」 「・・・え?・・・俺の具合が悪い、の?」 どーゆう事? 「少し熱がある。学校で風邪をもらってきちゃったのかな。早めに薬飲んで、今日は寝てようね」 自覚症状がないのに、風邪だと断言された。 ・・・あ、そう言えば、少し頭が痛い、かな。 ・・・・・・喉も、ちょっと違和感がある、ような気が。 「本人より先に体調不良に気付く事ってある?」 「番なんだから当然でしょ。ほら、横になって。お粥作ってくるから」 そう言って、カイが寝室を出た。 うーん、これくらいなら俺は平気なんだけど・・・でも、学校行ってニクスやイオに移したら悪いしな。 いや、それより一緒に寝てたカイには移ったんじゃない? 俺よりカイは大丈夫なのか? 確認するためキッチンに行こうとベッドから下りたところに、カイがスポーツドリンク片手に戻ってきた。 「あ、カイ・・・」 「こら、ベッドから出ちゃだめって言ったのに。戻りなさい」 心配性オオカミが、俺をベッドに押し戻す。 「そんな重症じゃないし。カイこそ大丈夫なの?絶対移ってるよ?」 「残念だけど、璃都の風邪は俺には移らないよ」 「なにが残念?」 あ、そっか、人間の風邪は獣人には感染しないんだっけ。 ・・・そもそも獣人って風邪引く事、あるのかな。 「これ飲んで待ってて。いい子にしてるんだよ?」 「はぁい」 スポーツドリンクを飲む俺を見てから、カイは再びキッチンへ向かった。 風邪か・・・久しぶりに引いたな。 窓の外からは、ノイズのような雨の音。 こんな日に風邪で寝込むなんて・・・なんか、思い出しちゃうなぁ・・・。 「はぁ・・・なんで思い出しちゃったかな・・・」 あの日は、もっと暗くて、酷い雨だった。 俺がまだ小学生で、施設にいた頃。 風邪を引いたのに放置して、悪化して、施設の人にも黙ったままベッドに潜って隠れて治そうとしてた。 ただの風邪だし、寝てれば治ると思ってて。 結局、起きてこない俺に気付いた施設の人が確認に来て、薬をもらって額に冷感シートを貼ってもらったけど、感触が気持ち悪くて自分で取っちゃったんだよな。 それで、熱が上がってうなされて・・・・・・・・・お化け、見ちゃったんだ・・・。 「いない・・・気のせい・・・見間違いだ・・・」 「どうしたの?」 カイがトレーを持って寝室に戻ってきた。 サイドテーブルに置き、俺の隣に座る。 「なんでもない」 「そう?」 うん、なんでもない。 お化けなんてないさ、お化けなんて嘘さ・・・。 ・・・あ、いい匂い。 「はい、あーんして」 カイがお粥をレンゲで掬い、ふーふーして食べさせようとしてくる。 いや、そこまでしなくても・・・。 「自分で食べるよ。カイ、仕事遅れちゃう・・・」 「璃都が風邪引いてるのに仕事なんて行く訳ないでしょ。俺が居ない間に悪化なんてしたらって・・・考えるだけで暴れそう」 いや、風邪くらいで暴れないで。 ・・・でも、そっか、カイも休んでくれるのか。 「あー・・・ん。・・・んん、んーふぃ」 「ふふ、良かった」 カイが食べさせてくれる、ふんわりたまご粥。 出汁と生姜の優しい味で美味しい。 ・・・なんか、にやけそう。 具合悪くなっても、独りでいなくていいって事が嬉しくて・・・。 「嬉しそうだけど、そんなにお粥が好きだった?オムライスより?」 「違うよ。まあ、このお粥は上位にランクインしたけど、それだけじゃ・・・」 「俺が一緒で嬉しいの?ほんと可愛いな、俺の璃都は」 満面の笑みで、わざわざ言葉にするなよ恥ずかしいな。 にやけそうになるの、頑張って我慢してんのに。 お粥を食べ終わったら薬を飲んで、隣に座ったカイによりかかる。 風邪移らないし、仕事も休んでくれたし、俺は病人って事だし、甘えてもいいよね。 「会社に連絡した?」 「シグマに電話した。璃都が風邪引いたって言ったら、承知しましたって。会社も学校も、各所に連絡してくれるはずだよ」 「出来る執事だね」 「シグマじゃなくて俺を褒めてよ」 そんな事言いながら、カイが俺の頭を撫でる。 これじゃ、風邪引いた俺が褒められてるみたいじゃん。 「なに、風邪引いた俺、偉い?」 「うん。璃都は生きてるだけで可愛くて偉い」 「なにそれぇ」 よくわかんない理由で褒められながら、俺はいつの間にか眠ってしまった。 ─────── 遠くに聞こえるノイズ。 あの時は、もっと近くて、もっと煩かった。 凄く熱くて、苦しくて、どうしたらいいかわからなくて。 目を開けたら・・・そこに・・・。 「───っ!?」 「璃都、大丈夫だよ。少し熱が上がってきちゃったみたいだから、おでこに冷感シート貼ったんだ」 「・・・か・・・ぃ・・・」 「うん、ちゃんと居るよ」 うう・・・お化けなんていない・・・そんな非科学的な存在はいないっ! 「どうしたの?震えて・・・寒い?気持ち悪い?」 「・・・へぇき。嫌な夢、見そうになった」 「俺の夢以外、見るの禁止なんだけど」 「ぁはっ・・・無茶言わないでよ」 カイは通常運転だな。 カイの夢って・・・ある意味そっちも恐いんだけど。 ちょっと気分が浮上した。 「それで、どんな夢?俺の璃都を怯えさせたのは」 「・・・聞いちゃう?・・・笑わない?」 「笑わないよ」 そう言えば、カイってオカルト系、どーなんだろ。 実はお化け怖い、とか・・・? 完璧オオカミの弱点が掴めるかも・・・。 「小学生の時、風邪で寝込んでて・・・熱でうなされて、目が覚めて・・・暗い部屋の隅に、なんかいる気がして・・・そんな訳ないって思ったんだけど、どうしても目が離せなくて・・・じーっと見てたら・・・動いたんだ・・・」 「なにが?」 「俺が。部屋の隅に立って、こっち見てた」 凄く怖かった。 俺はベッドで横になってるのに、部屋の隅に無表情の自分が立ってたんだから。 俺はそれを見て、たぶん気を失ったんだけど・・・。 「璃都が・・・もうひとり・・・どうしよう、そんな、幸せ過ぎる・・・っ!」 「お前なんかお化けに(さら)われてしまえっ!」 凄く怖かったのにっ! 思い出してまた怖くなってたのにっ! まさか喜ぶなんて・・・。 「だって、俺の可愛い璃都が2人・・・どうしよう、どうやって可愛がろう、なに着せよ・・・」 「お化けよりカイの方が恐いっ!お化けも逃げるって・・・」 あ・・・だめだ・・・なんか更に熱が上がってきた気が・・・。 「ごめんごめん、俺の可愛い璃都は璃都だけだよ。お化けなんかに浮気したりしないから、安心して?」 「いや、いっそお化けの方に行ってくれていい・・・」 「本物の璃都がいいよ。ほら、もう眠って。離れないから」 カイは俺が横になってる隣に座って、俺の頭を撫で始めた。 ・・・もうちょっと、くっついてもいいよな。 カイの脚にくっついて、腕もまわして捕まえる。 離れないって言ったの、カイだからね。 「可愛過ぎる・・・っ!俺の熱が上がりそう・・・」 落ち着きたまえよ。 こっちはガチで熱出てんだから。 「よしよし、いい子だね。どこにも行かないから」 ほんとだな? トイレ行きたくなっても知らないぞ。 絶対放さないからな。 もじもじしたって放してやらないからなっ。 カイの脚にぴったりくっついて、頭を撫でられながら、お化けの事なんて忘れてぐっすり眠れた。

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