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第63話

「お(そと)出たくない」 「俺のネコちゃんが珍しくお外を嫌がってる」 梅雨が明け、急激に暑くなってきた。 俺は暑いのが苦手だ。 家の中はどこもエアコンが()いてて快適だけど、外は天気が良くて見るからに暑い。 わかってる、そんな事言ってる場合じゃないって事くらい。 独り暮らししてた時は、電気代抑えたくてエアコンなんて殆ど使ってなかったけど、この快適な生活に慣れてしまうとだめだ。 「学校・・・」 「行きたくない?じゃあ俺とお(うち)でずっと一緒に・・・」 「行くぅ・・・」 とりあえず、玄関から車まで我慢すればいい。 学校だって、キャンパス内はエアコン利いてるし。 てか、まだ7月入ったばっかなのに・・・ここで(くじ)けてちゃだめだ。 「秋になるまでお休みしたら?俺も仕事リモートにするし」 「絶対だめ。・・・よし、玄関開けて!」 「俺の璃都(りと)が溶けちゃったらどうしよう」 「溶けない・・・まだ」 迎えに来てくれたシグマは汗ひとつかかず、いつも通りビシッとスーツ姿で挨拶してくれた。 ・・・さすが出来る執事は違うな。 「おはようございます。本日の最高気温は29℃の予想です」 「うわぁ・・・なんでそれ言っちゃうかな・・・」 「じゃあ璃都、帰ろうか」 「まだ車に乗ってもいないよ・・・」 さっさと車に乗り込み、学校へ。 キャンパスの駐車場に着き、くっ付こうとするカイをかわし、ニクスとイオも合流して教室へ向かった。 「ニクスは暑いの大丈夫?」 「大丈夫だと思う?僕ユキヒョウの獣人だよ?無理に決まってるじゃない・・・」 「あはっ、だよねぇ」 エアコンの利いた教室で人心地つきながら、これから始まる夏を不安に思う。 とりあえず、キャンパス内でなら生きていられるな・・・。 「璃都も暑いの苦手?ネコは寒い方が苦手なんじゃ・・・」 「何度も言ってるけど、俺、人間だから」 そう言えば、イオはどうなんだろ。 「イオは?暑いの苦手?」 「訓練していますので、問題ありません」 さ、さすがですね・・・。 でも、暑いのは訓練してなんとかなるもんなのかな。 午前の講義が終わり、空き教室でお弁当を広げる。 いつもはカイが来て、ニクスとイオも連れて外に食べに行ってるんだけど、カイが仕事の都合で一緒に食べられない時は、ニクスにも連絡してお弁当持参。 キャンパス敷地内の芝生とかベンチで食べてたんだけど、こう暑いと外では無理だから、こうしてエアコンの利いた空き教室で食べる。 因みに、イオはカイと食事に行く時以外はお昼を食べない。 キャンパス内では仕事中だからって・・・。 その事をシグマに相談したら「仕事中に餌を与えないでください」って言われた。 「璃都のお弁当、相変わらず可愛いね」 「カイの趣味。ネコちゃん弁当。ニクスのは肉多めだな」 「まあね。自分で作ってるから。ネネが作ると野菜も入れるんだもん」 「獣人なんだから好き嫌いするなよ・・・」 それにしても、今日のネコちゃん弁当も呆れるほど完璧だな。 海苔でトラネコの顔になった炊き込みご飯、だし巻き卵、俺が気に入ってる魚の形のミニハンバーグ、小松菜と人参の胡麻和え、プチトマト。 「あ、ネネがスイカ切って持たせてくれたんだ。一緒に食べよ」 「わーい、今年(はつ)スイカだ」 涼しくて和やかな昼休み。 邪な思いで近付く生徒を静かに退けてくれてる、イオのおかげだ。 シグマにはああ言われたけど、なんか食べさせてあげたくなっちゃうんだよなぁ。 ─────── 「なに書こう」 「なんでもいいよ。俺が叶えてあげる」 「ちょりと、思い切って『自由』って書いてみろよ」 「玲央(れお)ー、それ前に自分が書いてどんな目に遭ったか、ちょりとに詳細に教えちゃうよー?」 今日は7月5日、土曜。 ウチで七夕お泊まりパーティーしようって言って、りっくんと玲央が遊びに来てる。 1階のテラスに立派な笹が用意されてて、折り紙で七夕飾りを作って飾り、今は短冊に願い事を書いてるとこ。 「自由って・・・それ、叶えてもらえると思う?」 「思わなくても書かずにはいられない時期があったんだよ」 「僕の仕事忙しくて、玲央を家に閉じ込めてた時期があったんだよねー」 「閉じ込めてた・・・?」 「璃都、大丈夫だよ。今のところ閉じ込めなきゃいけない程忙しくはないから」 「今のところ・・・?」 結局俺は、無難かつ色んな意味を込めて『平和でありますように』と書いた。 世界が、とは言わない。 俺の日常・・・主に夜が平和であって欲しい。 カイは『週一で璃都にゃんに逢えますように』。 え、それ俺に週一でネコ耳着けろって事? りっくんは『玲央のデレる時間が増えますように』。 ツンデレな玲央、略してツンデ玲央はツン8、デレ2だってりっくんが言ってたな。 玲央は『新しいゲーミングPCが欲しい』。 ・・・それ、クリスマスにサンタさんへ出す手紙の内容なんじゃ・・・? 書き終えた短冊を各々好きな位置に結び付け、さらさらと風になびくのを眺める。 ・・・なんか、懐かしいな。 「璃都?なにか思い出した?」 「なんでわかんの?・・・まあ、施設で七夕祭りやったの思い出したけど」 小学生の時、参加した事があった。 あの時の短冊には、なんて書いたっけ・・・。 「子どもの頃のちょりとってどんなだったのー?」 「え?・・・別に、今と変わらないと思うけど」 りっくんは、どんな子どもだったんだろ。 ・・・いや、りっくんも今と変わらなそうだな。 「ちょろい子・・・ちょろこだったんだな。誘拐とかされなかったか?」 「なんだちょろこって、失礼な。されてたら今ここに居ないだろ」 玲央こそ、ちゃんと可愛げのある子どもだったんだろうな? 「されかけたよね?5歳の時に」 「はあ?され・・・・・・かけたな、お前に」 あれ、やっぱあのまま誘拐しようとしてたんだな。 カイ、15歳にして犯罪者になるとこだったじゃん・・・。 逃げ切った俺に感謝しろよ。 「そっか、既に誘拐され済みだったか、ちょろこ」 「未遂だ!あとちょろこって呼ぶな。ツンデ玲央はどうなんだよ?ちゃんと可愛げのある子どもだったのか?」 「なんだツンデ玲央って。先輩に向かって生意気だぞ」 俺と玲央が口喧嘩してる間に、1階のダイニングキッチンでりっくんとカイが料理を始めた。 人間組は不毛な喧嘩を切り上げ、ダイニングテーブルに着いて獣人たちが手際よく料理するのを眺める。 「ちょりとは手伝わないのか?あ、喉渇いたからなんか飲み物もらってきて」 「あそこに入ったら邪魔にしかなんないじゃん。飲み物くらい自分で取ってきなよ、まったく・・・」 「はいはい、お姫様たち喧嘩しないでー。お飲み物をどーぞ」 りっくんがさっと飲み物を出してくれた。 カラフルな星形ゼリーが入ったサイダーで、もちろんゼリーはりっくんの手作り。 「んーっ!」 「うまぁ」 「ごゆっくりー」 スパダリが2人揃うと、楽できていいな。 ・・・あれ? 「ツンデ玲央さんや」 「その呼び方やめろって。なに?」 「ピアス、増えてない?」 玲央のピアスは右のイヤーロブ1つ、ヘリックス2つ、左のイヤーロブ3つ、ヘリックス1つだったはず。 なのに今は、右のヘリックスが3つになってる。 「・・・・・・アイスが食べたくて」 「うん?」 「コンビニに行ったんだ・・・5分もかからないと思って・・・で、コンビニ出たら・・・シドがいた」 「なにそれホラー?」 勝手に外出したところを現行犯・・・恐すぎる・・・。 それにしても、懲りないやつだな。 「そのうち耳なくなるぞ」 「やめろよ恐い事言うの。ちょりとはこっそり外出とかしないのか?」 「だから、玄関開けられないんだって・・・」 「テラスから庭に出て、表にまわればいいじゃん」 「・・・・・・えっ?」 七夕飾りの施された笹が揺れる、テラス。 そうだ、ここから外に、出られるじゃん・・・。 「先輩・・・ありがとうございます!」 「おう、いいって事よ」 今度、俺が学校休みでカイが仕事の日、留守番するって言おう。 それでテラスから外へ・・・。 「璃都」 「・・・っ!?」 いつの間にか俺の後ろに立っていたカイが、俺の肩を掴む。 恐るおそる振り返ると、笑顔なのに目が笑ってないハイイロオオカミさん。 「・・・な・・・なあに・・・?」 「テラスから出ても、敷地の門扉が開かないから、俺のネコちゃんはお散歩には行かれないよ」 「・・・ですよね」 結局、家の敷地からは出られないのか・・・。 玲央は知っていたのか、隣で大笑いしてる。 くそぉ・・・なにが先輩だ・・・玲央なんて・・・耳なし玲央になってしまえっ!!

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