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第65話

璃都(りと)」 「・・・・・・」 「ネコちゃん、機嫌なおして?」 「・・・・・・」 「出てきて、浴衣に着替えよう?わたあめ食べるんでしょ?」 「・・・・・・あとベビカスとかき氷とりんご飴」 「甘いのばっかだねぇ」 ビリヤードで完敗し、不本意ながら約束通り好きにされた俺は、風呂に入れてもらってからベッドで寝てた。 夕方から近所の神社でやる夏祭りに行くって約束してたんだけど、布団を被って抵抗してる。 ・・・いや、祭りは行きたいし、色々食べたい。 でも今はとりあえずカイを困らせてやりたい。 「ほら、おいで。いい子だから出てきて?ヘラルダ姉さんの作った浴衣着て、お祭り行こう?なんでも好きなもの好きなだけ買ってあげるから。ね?チョコバナナのお店も買ってあげるよ」 「店ごとはいらん」 昼食べ損なってお腹も空いてるし、そろそろ出るか・・・。 「捕まえたっ!」 「ぎゃ!放せ変態ぃっ!」 カイに抱き上げられ、ベッド横に立たされ、てきぱきと浴衣を着せられる。 完璧オオカミは着付けもできるのか。 「うん、可愛い」 そう言って満足そうにしてるハイイロオオカミが着てる浴衣は、薄墨色の矢絣(やがすり)柄に黒い帯。 俺が着せられた浴衣は、(とき)色に芍薬(しゃくやく)と黒猫柄で、浅緋の帯。 「ねえ、これ、女の子用じゃないよね?」 「ちゃんとメンズ用だよ。帯の位置だって腰骨のとこでしょ?」 そっか、ならいいや。 「歩いて行くの?」 「俺のネコちゃんは暑いの苦手だから、近くまで車で送ってもらおうね」 そうだった、外は暑いんだった・・・。 て事でシグマに神社の近くまで送ってもらった。 車から降りて、手を繋ぎ神社の参道へ向かう。 暑い・・・。 「わ、お店いっぱい!ね、カイ、お腹すいた!イカ焼き食べたい!」 「・・・加熱したイカなら食べても大丈夫だったかな」 「俺はネコじゃないからイカ刺しも食えるぞ」 イカ焼きは(エンペラ)のあたりを齧って満足し、残りはカイに押し付けた。 次にフルーツ飴の店を見つけたので、苺とぶどうが交互になったやつを買ってもらう。 「んんっ、お祭りって言えばりんご飴だと思ってたけど、こっちのが食べやすいし美味しい!」 「りんご飴は食べた事あるの?」 「ないよ。でもどんな味かは想像できるし、ただお祭りで食べるってイメージがあっただけ」 ちょっと・・・いや、結構憧れてた。 浴衣着て夏祭りに行って、好きなもの食べるの。 「ありがと、カイ」 「璃都が喜んでくれるならなんだってするよ。次はどのお店が欲しい?」 「店はいらない。けど、たこ焼き!」 たこ焼きの次はかき氷、焼きそば、わたあめと食べ進め、俺は満腹になってしまった。 「座りたい・・・」 「お腹いっぱいで眠くなっちゃった?抱っこする?」 「まだ眠くない。けど・・・」 「ああ、あんよ痛いの?おいで」 あんよって・・・まあ、そうなんだけど・・・。 カイが片腕で俺を抱き上げて歩き出す。 周りの視線は気になるけど、ちょっとこれ以上歩けなそうだし仕方ない。 下駄なんて履いた事なかったし、こんなに痛くなるとは思わなかった。 カイは大丈夫なのかな・・・。 「カイは足、痛くなってない?」 「大丈夫だよ。花火はお家で見ようと思ってたし、そろそろ帰ろうか」 「その前にベビカス買って!」 「ふふ。はいはい」 満腹だけど帰ってからゆっくり食べるから、30個入りを買ってもらう。 あったかくて甘い匂いがする紙袋を持って、ほくほくしながらカイに抱っこされてると「橘花(たちばな)?」と声をかけられた。 「え?・・・あ、佐野(さの)くん?」 高校の同級生で、2年の時に同じクラスでクラス委員をしてた佐野くんだ。 こんな状態の時に、知り合いから声かけられるなんて・・・。 「妻はもう橘花の姓ではないよ」 俺を抱いたハイイロオオカミ獣人が、唸るように言った。 一般人を威嚇するなよ・・・。 「あ、そうか・・・結婚したんでしたね。すみません」 「いえ。高校の同級生かな?璃都の夫のカイザル・ルプスです」 「さ、佐野智樹(ともき)です。2年の時同じクラスでした」 同級生と旦那が自己紹介し合ってる。 俺はどうすれば・・・。 「あの、卒業して連絡取ろうと思ったんだけど携帯繋がらなくて・・・番号変えた?」 「え?ああ、携帯変えられちゃって・・・」 ストーカーオオカミが勝手に。 そう言えば、佐野くんは連絡先交換した数少ない相手のひとりだったな。 俺に連絡なんて、何の用だろう。 「ごめん、なんか用だった?」 「いや、同じ大学だって聞いたから、会えるかなと思って・・・」 え、佐野くんも同じ大学なんだ? どの学部だろ・・・。 「悪いが俺の璃都に俺が居ない場所で会ってもらっては困る。連絡先の交換も遠慮してくれ。迎えが来ているので、失礼」 「ちょ、カイ?あ、ごめ、佐野くん、ごめんねっ」 呆気に取られた佐野くんを置き去りに、カイが参道を長い脚ですたすた歩いて行く。 あれ、カイザルさん・・・おこ・・・? 「ねえ、カイ、怒ってる?」 「どうして?」 こっちが聞きたい。 だってオオカ耳がイカ耳になってるもん。 これ怒ってるやつじゃん。 「別に、佐野くんと仲良かったとかじゃないよ?2年の時のクラス委員で、佐野くん、クラスの全員と連絡先交換してたから」 「そう。前の携帯は解約して正解だったな」 正解ではないよ。 束縛ストーカーオオカミめ・・・。 「ねえねえ、怒んないでよ。あと、佐野くんへの態度がちょっと悪かったよ?さすがにあの言い方は・・・」 「神社(ここ)に着いてすぐ、彼は璃都に気付いてずっと付いてきてたんだ。俺が璃都の傍を離れるのを待つつもりだったんだろうね。その様子もなく帰ろうとしてたから、慌てて声をかけてきたんだよ」 「・・・え?」 佐野くんが、俺たちの後を付けてた? え、なんで? 「どんな目的であれ、俺の璃都に関わろうとするのは許さない。シグマに調べさせて、イオにも警戒対象として伝えておくから。璃都も、もし学校で会っても連絡先を交換なんてしない事。わかった?」 「・・・あ、うん・・・わかった」 神社の敷地を出るとすぐ、迎えの車がいた。 シグマが後部座席のドアを開け、俺はカイに抱っこされたまま乗り込む。 「璃都様、もしや足を痛められましたか?」 「あ、うん、ちょっと痛くて。カイに甘えちゃった」 「痛くなくても甘えて欲しいんだけどな」 カイが俺の首にちゅっとキスして、すりすりと甘えてくる。 良かった、おこ状態はなおったみたいだ。 「そうだシグマ、璃都の高校の同級生で、サノトモキってやつを調べろ。璃都と同じ大学にいるらしい。璃都に接触しようとする可能性があるから、イオにも伝えてくれ」 「かしこまりました」 あれ、まだちょっとおこなのかな・・・。 とりあえず、オオカ耳を撫でて落ち着かせようとしたら、唇を奪われた。 「んっ・・・んぅ・・・っ」 「璃都、花火は諦め・・・」 「やだっ、花火見たいっ!午前中にシたじゃん。大人しく一緒に花火見ようよ」 「・・・・・・仕方ないな。花火が終わるまで我慢する」 我慢て・・・。 もう俺は体力的に絶対ムリなんですけど。 今日こそ絶倫オオカミにヤり殺されるかもしれない・・・。 帰宅し、カイが俺の足を洗って薬を塗ってくれた。 ちょっと赤くなってるだけだったから、放っといても大丈夫なのに。 それから、冷たい飲み物とベビカスを持ってバルコニーへ出る。 カイはいつものハンギングチェアに座りたがったけど、密着すると暑いからやだって言ったら、渋々って感じでガーデンソファの方に座った。 「密着は暑いって言ってんのにぃ」 「璃都、可愛い」 話を聞け。 なんでゆったり座れるガーデンソファで膝上に座らせるかな? 「汗かいてるね」 「ひぅっ!?なっ、舐めるなぁっ!」 首筋を舐め上げられ、ベビカスを落としそうになる。 こんなんで、俺はこの夏を乗り切れるんだろうか・・・。

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