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第68話

夏休みが明けたある日、ニクスから体調不良で休むと連絡があった。 夏休みはずっとクーラーの()いた部屋に引き篭もっていて、通学再開した途端残暑に負けてしまったらしい。 「今日は独りでお昼か・・・」 空き教室で昼食を摂ろうと、カイが持たせてくれたお弁当が入ったバッグを取り出す。 ・・・あれ、なんかいつもより重い? 「あっ、2つ入ってる」 2つ目の弁当箱には小さなメモが添えられていて「ニクスくんがいないから、イオと食べなさい」と書いてあった。 「イオ、一緒に食べよ!カイがイオの分も持たせてくれたよ!」 「いえ、職務中ですので・・・」 「このメモ見て。カイがイオと食べなさいって書いてるよ?これ命令文だよ」 「・・・承知しました」 イオは1つ空けた隣の席に座り、大人しくお弁当を受け取ってくれた。 せっかくだし、食べながらイオの事を聞いてみよう。 「イオって恋人とかいるの?」 「・・・はい、その・・・夫がおります」 「へぇ・・・・・・え?夫!?」 イオが嫁側なの? なんか意外・・・と思ったけど、照れてるのかちょっと赤くなってる顔を見て、可愛いと思ってしまった。 うん、イオは嫁側だ。 「旦那さんも獣人?」 「いえ、人間です」 へえ、人間の夫に獣人の嫁・・・そんな番関係もあるんだ・・・。 どんな人かとか、写真見せてとか言ってイオを困らせていたら、恥ずかしそうにしていたイオが急にピンと耳を立てて教室の出入り口を睨んだ。 「イオ?どうし・・・」 「たち・・・ルプスくん!」 「え・・・?」 イオが睨んだ出入り口の方から、俺を呼ぶ声がした。 視線を向けると、佐野(さの)くんが立ってる。 ・・・え、佐野くん? 「あ・・・さ、佐野くん、びっくりした、なにか用?」 「突然ごめん、ちょっと話がしたくて・・・」 「申し訳ございません。奥様とお話しいただく事はできません。お引き取りを」 イオが俺たちの間に立って言い放った。 ・・・あれ、でも、いつもみたいな威嚇はしてないな。 佐野くんの事はシグマから資料を受け取って、警戒対象だって言われてたはずなのに。 「す・・・すみません、でも、どうしても相談したくて・・・あなたが一緒でも構いません。少しだけ話をさせてください・・・!」 佐野くんは、俺の記憶だといい人だ。 俺はずっと、まわりの人間との間に壁とまではいかないまでも線を引いて親しくならないようにしてた。 孤児である事も聞かれたくなかったし、勉強やバイトで忙しく授業以外で関わる暇もなかったし。 当然、そんなやつはクラスでも孤立するもんだけど、そうならないよう適宜に声をかけてくれてたのが佐野くんだ。 クラス委員だからってのもあるだろうけど、彼が本当に優しかったからだと思う。 俺がまわりと距離を置きたいのも理解し尊重した上で、完全にクラスとの繋がりが切れないよう気を配ってくれてた。 そんな佐野くんが、必死に俺と話したいって・・・。 「イオ、大丈夫だから。佐野くん、相談ってなに?」 イオもたぶん、佐野くんに邪な気持ちがないのわかってるんじゃないかな。 だから威嚇しなかったんだろうし。 それでも少し考えてから、イオは佐野くんに通路を挟んで隣の長机へ座るよう勧めた。 「ありがとうございます・・・あの、ルプスくん、獣人の番になるって・・・大変?」 それが俺への相談・・・? 「・・・え・・・えと・・・正直言うと大変。ナニがとは言えないけど・・・でも、なんで?」 「それが・・・その・・・俺、経済学部なんだけど、そこの先輩にアカギツネの獣人がいて・・・それで・・・」 ほうほう・・・つまり・・・。 「そのキツネ獣人の先輩にプロポーズでもされた?」 「なんで知ってんの!?」 あ、プロポーズされたんだ・・・。 「いや、知らないけど、なんとなく予想できた。キツネ獣人はどうかわかんないけど、俺の旦那のハイイロオオカミ獣人は、自己紹介で俺の夫だって言い張ったよ」 「自己紹介で既に結婚してる事になってたの?」 「そんな感じ」 佐野くんが頭を抱えた。 可哀想だけど、獣人の番に選ばれるって、そーゆー事なんだと思うよ。 「・・・そっか・・・あれってやっぱり、冗談とかじゃないんだ・・・」 「獣人って、番の事は大切にするから、すぐに受け入れるのは難しいかもしれないけど、好意的に受け取っていいとは思う・・・」 キツネなら、オオカミみたいに監禁とかしないだろうし。 「試しに、まずはお友だちからとか言ってみたら?」 「・・・あ、うん、それは既に・・・と言うか向こうからそう言われて・・・」 「智樹(ともき)!」 また、教室の出入り口から呼ぶ声がした。 今度は俺じゃなく、佐野くんが呼ばれたけど。 「れ、レイン先輩・・・」 入って来たのは、たぶん佐野くんにプロポーズしてきたっていうアカギツネ獣人の先輩。 赤褐色の髪に、先端が黒い三角の獣耳、つり目がいかにもキツネ顔だ。 イオが俺を庇うように立ち塞がった。 あ、揉めないで・・・。 「失礼しました、そちらはルプス家の奥様ですね。お騒がせして申し訳ございません。レイン・ウルペスと申します。決して奥様に触れたりはいたしませんのでご安心を。智樹、なにしてるの?彼に触れたりしてないよね?こっちにおいで」 流れるような謝罪と挨拶。 しっかりしたヒトだなぁ・・・。 「いや、その、高校の同級生で、ちょっと話を・・・」 「俺は君の交友関係に口を出したりはしないけど、相手はハイイロオオカミ獣人の奥様だよ?彼に迷惑がかかるから、不用意に近付いたりしてはだめだ」 よくご存知で。 でも、なんか相手から距離を置かれるのは少し寂しいな・・・って、俺が過去にやってた事なんだけど・・・。 「ごめんなさい・・・」 「怒ってないよ。ほら、おいで。では、俺たちは失礼いたします」 佐野くんがちょっとしょんぼりしながらウルペス先輩の方に行く。 あ、そんな気にしなくていいのに・・・。 「あ、あの、そんな気にしないでください。佐野くんも、またね」 「うん、また・・・」 佐野くんはウルペス先輩に肩を抱かれて教室を出て行った。 大丈夫かな・・・ちょっと心配なんだけど・・・それよりも・・・。 「あのぉ・・・イオさん」 「はい、奥様」 「この事、カイには・・・」 「報告いたします」 ですよね・・・。 これ、怒られるの俺なんじゃないかな・・・。 ─────── 「それで、俺の璃都(りと)がいい子になれない理由は?」 「いっ、いい子にしてましたっ!触ってないし触らせてない!連絡先も交換してない!」 「はぁー・・・」 キャンパスの駐車場で、迎えに来てくれたカイにイオから佐野くんとのエンカウントについて報告されてしまった。 イオは悪くないのに、会話をさせてしまった事を謝罪してから、更にシグマにまで叱られてる。 ごめんイオ、俺のせいで・・・。 「あの・・・シグマ、イオは悪くないから叱らないで。俺が悪いから。反省してます。でも・・・理由があって・・・ちゃんと話すからイオは赦してあげて。あと暑いから車に乗せて」 俺の言葉でイオは解放され、カイに向かって深く頭を下げてから帰って行った。 ほんとごめんイオ・・・君は全然悪くないよ・・・。 「ほら、俺の暑がりネコちゃん、乗っていいよ」 「ありがとございます・・・」 車内は涼しく、ほっとする。 カイにシートベルトをしてもらいながら、佐野くんが俺を孤立させないためにしてきてくれた事、それに感謝してる事を話した。 俺の高校生活が荒まなかったのは彼のおかげでもあるんだって。 「・・・わかった。彼の相手がウルペスなら、これ以上璃都に接触させないだろうし」 「ウルペス先輩の事、知ってんの?」 「レイン・ウルペスは知らないけど、ウルペス家は有名な老舗問屋だよ。ヘラルダ姉さんは取引してたはず」 へえ・・・キツネ獣人って商売上手っぽいもんね。 まだ学生なのにしっかりしてて、俺の事とかも把握してるの凄いなって思ったし・・・。 佐野くん、ウルペス先輩の番になっちゃえばいいんじゃないかな。 きっと幸せにしてくれるって・・・たぶん・・・。 「璃都、帰ったらお仕置きだからね」 「・・・えっ!?なんで?」 「璃都が悪いって潔く認めたでしょ。痛くて泣いちゃうのと、気持ちよくて泣いちゃうの、どっちがいい?」 どっちも嫌だ。 佐野くん・・・恨むよ・・・。

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