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第70話

璃都(りと)、逃げよう」 「・・・は?」 朝食を食べようとしたら、電話を終えたカイが言った。 逃げる? なぜ? 「カイ、なんか悪い事でもし・・・あ、ついに番尊厳保護法が制定されたとか?」 だったらカイは有罪だ。 俺が証言する。 「ごめん、ご飯は後でまた食べさせるから着替えよう。おいで」 「むぇ?」 ひと口目のフレンチトーストを咀嚼する俺を抱き上げ、寝室に走るカイ。 そんなに慌てるなんて・・・俺まで恐くなってくるじゃん。 「ほ、ほんとにどうしたの?さっきの電話が原因?誰からだったの?」 カイは凄く焦りながらも丁寧に俺を着替えさせ、自分もさっと着替えた。 スマホと財布と車の鍵を掴み、再び俺を抱き上げて階段を猛スピードで下りる。 「あっ、俺のスマホ・・・」 「ごめん急ぐから」 俺をカマロの助手席に座らせシートベルトをしてから、カイが運転席に乗り込みエンジンをかけた。 理由を説明する余裕もないなんて・・・ほんとになにしたんだよ? 「ねえ、どうしたの?カイ、大丈夫?」 車は住宅街を出て、普段使った事のない裏道を走る。 どこ行くんだろ。 「アドルフが仕事でこっちに来る。家に来るかもしれないってヘラルダ姉さんから連絡がきたんだ」 家から離れて、やっとカイが説明を始めた。 あの電話、お義姉(ねえ)さんからだったのか。 ・・・アドルフさん、とは? 「アドルフさんて誰?」 「ヘラルダ姉さんの番」 つまりお義兄(にい)さん。 それで、なんで慌てて逃げる必要が? 「アドルフが璃都を見たら・・・俺は彼を殺す」 「やめんか物騒オオカミ!」 見ただけで殺すとかやば過ぎるだろ。 それに、わざわざ逃げなくても・・・。 「アドルフは可愛いモノが好きなんだ。絶対に璃都を欲しがるに決まってる。そんなの許さない」 「で、でも、お義姉さんの旦那さんなんでしょ?ハイイロオオカミの番ならお義姉さん一筋なんじゃ・・・」 カイがはぁー・・・と深くため息をついて、言った。 「アドルフは昔、可愛くて一目惚れしたと言って子兎を飼った。片時も放さず、撫でて、舐めて、噛んで・・・3日後、子兎はアドルフの腹の中だった」 ・・・ひぃ。 「で、でも、俺、人間だし・・・」 「アドルフは絶対、俺のネコちゃんを抱っこしたがる。抱っこしたら二度と放さない。そうなったら俺が彼を殺すしかない」 「お義姉さんの旦那を殺すとか言うなって・・・と、とりあえず事情はわかったけど、どこ向かってんの?」 全然知らない道だから、どこに向かってるのか見当がつかない。 都内ではあるみたいだけど・・・。 「リシドと用意してたシェルター。玲央(れお)くんも来るから、アドルフが帰るまで2人ともそこにいて」 シェルター・・・そんなもん用意してたのか。 え、それ、まさか対アドルフさん用? 車が地下駐車場に入り、車を降りるとまたカイに抱き上げられた。 「カイザル!エレベーター来たぞ!」 「ああ!」 あれ、りっくんの声? 視線を向けると、玲央を抱っこしたりっくんがエレベーターのドアを足で抑えて待ってた。 りっくんも、見た事ない切羽詰まった顔してる。 俺を抱いたカイがエレベーターに駆け込み、ドアが閉まるとりっくんがカードキーをかざしてから階数ボタンを押した。 25階、この建物の最上階らしい。 「ちょりと、大丈夫か?」 「今のとこ。事情はざっくり聞いたし」 りっくんに大人しく抱っこされてた玲央も事情は知っているらしく、これから自分たちはどうなるのかとため息をつき合う。 エレベーターが開くと、このフロアに扉は1つだけだった。 「ここは専用カードキーがないと上がれないから、2人とも絶対外には出ないで」 そう言って、りっくんが持っていたカードキーで玄関らしき扉を開ける。 入ると、メゾネットタイプの部屋になってた。 「ここ、マンション?」 「そうだよ。リシド、俺は食べ物買ってくる。璃都に朝食摂らせてから行くから」 「わかった、玲央のも頼む。僕は先に行って時間稼ぎしてるから。玲央、ちょりとと一緒にここにいて。絶対に外に出ないでよ?あ、カイザル、アイスも買ってきてあげて」 「ああ。璃都は?甘い物欲しい?」 「うん」 俺と玲央を広いリビングのソファに下ろし、カイとりっくんが俺たちの靴を脱がせてから部屋を出ていく。 ・・・あれ、俺たちこのまま置いてかれるのか。 「2人とも、すげー焦ってるな」 「な。アドルフさんってそんなに恐いヒトなのかな」 とりあえず出なければいいんだろって事で、俺たちは部屋を見てまわる事にした。 玄関入って正面に螺旋階段、右側にセミオープンキッチンとリビングダイニング、左側に寝室とトイレとバスルーム。 螺旋階段を上がって正面にバスルームとトイレ、左側に寝室、右側の広い洋室には・・・。 「なんだここ・・・」 「遊び場・・・?」 壁一面の本棚にはずらりと本が収められ、デカいテレビに数種類のゲーム機、ゲーミングPC、ボードゲーム、カードゲーム、ミニバーまである。 「ちょりと、俺たちここに監禁されるぞ」 「・・・えっ?いや、学校は?」 「諦めろ。アドルフさんが日帰りの仕事である事を祈るんだな」 まじか・・・。 俺、スマホ忘れたからニクスにも連絡できないのに。 シグマが連絡してくれるかな。 「2人とも、2階にいるの?下りておいで」 探検を終えた頃、下からカイの声がして、螺旋階段を下りる。 買ってきた食材を冷蔵庫に入れてるとこだった。 「玲央くん、スマホ持ってる?」 「いえ、俺も家に忘れてきました」 「そっか。部屋は全部見た?好きなので遊んでていいからね」 「「はぁい」」 カイがダイニングテーブルに買ってきた朝食を並べた。 種類豊富なサンドイッチとスープ。 りっくんのお店で売ってるやつだ。 「昼はリシドが戻ってきて作るからね。俺ももう行くけど、2人とも絶対に外に出ない事。好きに遊んでいいし、お菓子も食べて、散らかしてもいいから、外には出ないで。わかった?」 「「はぁい」」 俺たち小学生でしたっけ? 何度も外に出るなと念を押してから、カイは玄関を出て行った。 「とりあえず飯食うか」 「うん。俺たまごサンド」 「たまご以外も食えよ」 朝食を食べ終えて、2階へ上がりゲームをして遊ぶ。 VRゲームもあったから、やった事ないって言う玲央にヘッドセットを被せて例のゲームをやらせてみた。 「・・・え、なにこれ、ホラー?」 玲央、察しがいいな。 「・・・ぅわっ!?なんだよ今の・・・もぉ・・・」 やばい、笑いが止まらない。 これ、やるのは怖くて無理だけど、やってる人を見てんの凄く面白いな。 「・・・えぇ、ここ行くのかよ・・・絶対なんか出るじゃん・・・」 よし、今だ。 「えいっ」 「ぅわあっ!?なにっ!?」 玲央に後ろから抱き付くと、飛び上がって驚いた。 だめだ、面白過ぎるっ! 「おま・・・なにしてんだよ!」 「あははっ!はぁー楽しーぃ」 ヘッドセットを外し、呆れ顔の玲央。 俺も同じ事カイにやられたって話したら、玲央は今度りっくんにやるって。 「りっくんホラー苦手そうだよねぇ。泣いたりして・・・」 「・・・なあ、ちょっとまずい事になってないか?」 「ん?なにが?」 玲央が急に表情を曇らせた。 まずいって・・・? 「ちょりと、俺に抱き付いたよな?」 「うん、後ろから・・・・・・あっ」 まずい・・・これはお仕置き案件なのでは・・・。 さあーっと血の気が引く。 「で、でも、玲央だし・・・」 「まあ、ちょりとだし・・・」 さっきまで楽しく遊んでいた俺たちは、お葬式かってくらいテンション急降下して、泣きそうになりながらリビングに下りた。 時間的に、そろそろりっくんが昼ご飯作りに戻って来るだろう。 下手に隠せば罪が重くなるので、速攻謝ろうってなった。 「玲央ー、ちょりとー、いい子にしてたー?」 来た・・・断罪の時だ・・・。 俺と玲央は項垂れて螺旋階段を下り、りっくんの前に立った。

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