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第四話 村の診療所にて

男の案内で森を抜けた先には程よく栄えた雰囲気の広い村があった。掘立て小屋が並んでいた先ほどの漁村とは違い、家の作りもしっかりとした木造である。 今は夜なので見張りらしい男が数人しかいないが、昼になれば人で賑わいそうな商店通りが見えるし、民家も多い。 しばらく村の中を進んでいたが、男がハクに声をかけ止める。 「ここがこの村の医者がいる家だ。彼は夜更かしだからな、まだ起きているはずだろう」 男は引き戸にあるガラス窓を手の甲で叩く。すると、家の中から物音がした少し後に戸が開く。 すると禿げ上がった頭に、眉間に深く刻まれた皺が神経質そうな印象を受ける年配の男が出てきた。 「…こんな時間に何の用だ?」 「すまない、ヨウじい。怪我人がいるので見て欲しい」 「時間が時間だから特別料金だぞ。して、そのデカいのか?」 ヨウじいと呼ばれた男は気絶したアゲハを示す。 「いや、俺の方だ。鎌で切られてよ、止血して欲しい」 ヨウじいはハクを見ると驚いたように少し目を見開いた。ここでもバケモノ呼ばわりされるか…と思ったハクだが、ヨウじいは特に何も言わず家の奥へと入っていく。 男がアゲハを肩に担ぎながらヨウじいに続く。ハクも手に持った松明を玄関先の篝火の入った籠に入れ後を追う。 家の中に入ると、土間を抜けた先が診療所になっていてそこには患者用なのか布団が2組敷いてある。 診療所は蝋燭の明かりでぼんやり明るい。畳の上、ヨウじいは座布団に座りながら、アゲハを布団へ寝かせるように男に言う。そして、自分の目の前にある座布団を示してハクに声をかける。 「そこの白いの、こっちに来い。怪我したところを見せてみろ」 呼ばれたハクは草履を脱ぎ、畳に上がるとヨウじいの前に座ると和服の袖をたくし上げ、斬られた左腕を見せる 「…ふむ。傷の深さの割に血はもう止まっているな。念の為消毒しておこう」 確かに乾いた血が張りついているが血は止まっている様だ。昔から傷の治りは早い方なので、ハク自身特に驚きはない。 ヨウじいは傍にあった手拭いを当てると、ハクの傷口を酒で消毒する。傷口に滲みるハクは眉間に皺を寄せる。 多少手つきは乱暴だが、テキパキと治療していき清潔そうな手拭いを巻いてくれた。 「これでいいだろう…。今は宿も閉まっている。今晩はここに泊まっていくといい」  「いいのか?」 「怪我人を暗い中に放るほど冷たい人間じゃないつもりだ。他に患者もいるわけでもない、気にするな」 正直、宿を探すのは疲れていたのでありがたい。ハクは素直に礼を言うと、仏頂面ながらも照れくさそうにしたヨウじいは立ち上がり自分の部屋へと向かった。 それを見送ったハクは、アゲハの側に座っている男にも礼を言う。 「アンタもありがとな。ここまで案内してくれたし、コイツも運んでくれて…重かったろ?」 冗談めいて言うハクに男は薄く笑い答える。 「気にするな、ここの客人であれば無下にはしない。では、俺はもう行く、あなたも休むといい」 「ああ、本当に助かったよ」 男は立ち上がると診療所を草履を履き出て行こうとする。しかし、去り際に男は言う。 「そういえば、名を伝えていなかったな。俺はコクヨウ。もし、神子様に会いたい様なら、村の奥にある一際大きな建物に来るといい。歓迎しよう」 ああ、と頷きを返したハクを見ると男は出て行った。 ハクは布団に寝転がると隣のアゲハの様子を伺った。…角は生えていない、顔も穏やかだ。どうやら元に戻ってくれたらしい。 しかし、今回は気絶させれたから良いものを、やはり名前を呼んだだけでは戻らなかった。 日に日に戻りにくくなっている親友を思うと焦りが募る。早く人間に戻す方法を探さなくては、と早る自分がいる。 しかし、焦ってもいい方法が見つかるわけではない。アゲハが落ち着いていれば明日、コクヨウに言われた通りの場所へ行き、神子に会いに行ってみようと思う。 ハクは目を閉じて眠りについた。 その日は珍しく夢を見た。叔母と穏やかに暮らしていて、まだアゲハが鬼になっていない平和な頃の夢の様だ。口が悪く人と衝突していたばかりのハクを、いつも気にかけてくれていた優しいアゲハ。 映像が代わり、夢の中のハクはアゲハに何かを伝えようとしている様だ。夢の中だが、自分の胸が高鳴って行くの感じる。 そして口が勝手に動き言葉を紡ぐ…。 「俺はお前のことが……」
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