4 / 14

第3話 キャンプ用品

 枯葉舞う十一月の空。  寒い。 「帰ろっか」 「家出たばっかりなのに⁉」  目を剥くタクトくんの横で両腕を摩る。 「この寒風の中で、テントで寝るとか、死んでしまう」 「寝袋あったかいから」  タクトくんに引きずって行かれた。  電車の座席に座っている間も、タクトくんは逃がすまいと俺の腕を掴んでいた。ここまできて逃げないって。  大型複合施設内に入ると帽子とマフラーとコートを脱ぐ。 「よし。探そう」 (よかった。あったかい場所に入ると元気になってくれた)  ホッとした様子のタクトくんが手を握ってくる。 「流石にさぁ……。もう子どもじゃないんだから。やめようよ」 「なにを?」  繋いだ手を持ち上げる。 「俺らいい大人だろ?」 「大人が手を繋いでも、罰せられないよ? そんな国、あるの?」 「……」  これは、俺は。なんて言い返せばよかったんだろうか。  俺は真面目に、人生で手を繋いだ人はタクトくんしかいない。  仲良く手を繋いで、店の前にキャンプ用品が並んでいる店に入る。 「ほへー。最近のテントって、こんなんかぁ」 「テント欲しいの? 俺のテントを使えばよくない?」 「タクトくんの、二人も入るのか?」 「俺が買ったのはこれ~」  手を繋いでいるので強制的に連れていかれる。  現れたのは店の隅っこを占拠している大きなテント。  成人男性ふたりくらい余裕そうだ。 「え。タクトくん。こんな大きなテント買ったの?」 「他に趣味も無いので、何かにお金を使おうと思いまして」  経済回してて偉いぞ。若いのに。  頭を撫でてやると嬉しそうに目を細める。 「じゃあ。タクトくんのテントにお邪魔するかな」 「! 寝袋見に行きましょう」  嬉しいのか、あっちこっちにぐいぐい引っ張っていかれる。大型犬の散歩をしているようだ。 「これおススメです。元はダイビングスーツとか作ってた会社の製品で。とにかくあったかくて撥水性抜群なのです。テント破れて雨が降ってきても耐えられますよ」  店員さんのように滑らかに教えてくれる。ぶんぶんと左右に揺れる尾が見え、つい顔が緩んでしまいそうになった。  他にキャンプ仲間いないから、語るのも楽しいんだろうなぁ。テント破れて雨降ってきたらもう、車で寝ようよ。 「寝心地は?」 「人によります」  それは、そう。 「それより、虫よけだ」 「はい」  強敵に挑むような真面目な顔で頷き合う。 「蚊取り線香は無いのか?」 「スプレータイプの方が、便利ですよ?」 「俺はあの、線香の、独特な香りが好きなんだ」    タクトくんはうっすら嫌そうに眉根を寄せる。 「俺より?」 「そういう質問は彼女にしなさい」  あらかた買い込むと結構な荷物になった。店員さんが頑丈な鞄にまとめて入れてくれたが。引っ越し屋の段ボール二個分はある。 「待て。ゆっくり車まで運ぶから。落ち着いて。俺。急に重いものを持つと倒れかねない」 「はい」  ひょいっと、タクトくんが抱え上げる。ぽかんと見上げてしまった。  そのまま店を出る長身の後を追う。 「あ、あ。持ってくれてありがと。重くない?」  彼は笑顔で振り返る。 「いえいえー。軽いもんです」 「……」  ああもう。何かしてくれただけで泣きそうになってくる。俺に優しくしてくれるのは、世界でタクトくんだけだ。  でも、この子は誰にでも優しいから……。 (俺にだけの、優しさじゃ、ない)  ――って、何を考えてるの、俺は!  ぶんぶんと頭を振って暗い考えを振り払う。 (ひとりでも気遣ってくれる人がいれば、それは幸せなことなんだ)  駐車場まで戻り、荷物を押し込む。フォーツーほどではないが小さい車なのでぎゅうぎゅうだ。 「せっかく来たんですし。何か食べて行きません?」 「ごめん。俺もう金ない」  キャンプ用品ですっからかんだ。財布が風邪引きそう。銀行で……カード家だわ。忘れちゃった。お金やカードは家に帰ると鍵付きの引き出しの中に移す。そうしないと、「あの家」ではよく、お金が無くなっていたから。 「奢りますよ!」 「帰ったら返すからね」  二人で特盛ラーメンを食べた。  俺はお腹いっぱいで死にかけたが、タクトくんは追加でチャーハンと餃子を頼みに行ったので、あの子は食べたものがすぐに栄養になって身長に回るんだと思った。 「デザートはどうします?」 「嘘でしょ……?」  腹いっぱいですぐに動けないため、雑談で時間を潰した。他愛のない話ばかりなのにタクトくんはずっと笑顔で、つられて俺も微笑を浮かべる。  帰宅。  荷物を運んでもらい、いよいよキャンプの予定を立てる。タクトくんはずっと楽しそうだ。 「あ、そうそう。忘れないうちに。はい」 「ん?」 「ほら。ラーメン代」 「うん……」  なんで急にテンション下がるの⁉ あ、もしかして聞こえなかった? 「ラーメン代ね。これ」 「……」  見えてないのかと思って顔に押し付ける。 「……」 「タクトくん? 受け取ってよ」 「……くぅん」 「えーっと。晩飯、食べてく?」 「! うんっ」  特盛ラーメン代を受け取ろうとしないので晩御飯をご馳走した。……俺の手料理より、絶対お金を受け取る方が良いと思うんだけどな。  そう思いつつ、食後の皿を洗う。  手を拭きながら居間に戻ると、クッションを抱き締めてタクトくんが眠っていた。 「あらららら」  もう遅いし、眠くなっちゃったか。  スマホでアニメを結構な音量で流し見するが、彼が目を覚ます気配はない。 (起こした方がいいか? 帰って寝た方が安眠できるだろうし)  スマホを置いて肩を揺する。 「タクトくんタクトくん。起きよう」 「んう」  返事はしたが目も開けないしクッションも放さない。 「タークトくん」 「わう」  可愛い返事が返ってくるだけだ。 「ほら。起きて!」  クッションを奪い取る。彼の方が力はあると思うが、眠っているので取り上げることができた。 「ぐうー。なにするんでうかぁ?」 「ちょ!」  取り返そうと思ったのか腕を伸ばし、俺の服を掴む。 「タク……」    ――それはクッションじゃない。俺の服!  引き剥がそうともたついていると、床を這ってずっしりとのしかかってこられ、ぎゅうぎゅうに抱きしめられた。 「タクトくん? 俺だよ! クッションはこっち!」 「ベリちゃん……」  両手をじたばたさせるも逃れられず、テレビを消すのがやっとだった。 「お、おもい」  え? ずっとこのまま?  煌々と電気の付いた部屋で一夜を明かす。  布団も被っていなかったのにどういうわけか寒くはなく。風邪もひかなかった。まるで上等な毛皮の布団を被っていたような……
6
いいね
5
萌えた
0
切ない
0
エロい
5
尊い
リアクションとは?
コメント

ともだちにシェアしよう!