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第6話 タクトくん……?
ぽけーっと見つめていると慣れた手つきで、す、す、ミニフライパンを洗っていく。
我に返る。
「ちょっと! 洗い物くらいするって。飯まで作ってくれたのに」
「え? ああ。いつもの流れでつい。まあいいじゃないですか。そんなに多くないし」
さっと洗い終えてしまった。
「うう。俺あんまり役に立ててない」
「誘ったのこっちだし。もっと気楽に楽しんでよ。その気持ちは、嬉しいけど」
また手を握ってくる。
「じゃ、戻って腹ごなししよう」
「あ、うん」
せめて荷物は俺が持って、来た道を戻る。
「意外と親子連れとか、多いんだな」
「え? どんなの想像してたの?」
「むさくてごつい男しかいないと思ってた」
「いつの時代のイメージですか⁉ アップデート出来て無さ過ぎだって!」
吹き出された。んなこと言われたって。テレビでちょびっと見ただけなんだって。
ゲラゲラ笑っている。
「タクトくんってさ。笑った顔、可愛いね」
「……え? あう」
ちょっと⁉ そこで赤面しないでよ!
「「……」」
顔の赤い男二人がテントに戻ると、小さな子たちがテントを見上げていた。
「すげー」
「このテント、おっきー」
おや。可愛いお客さんだ。例の不審者だったら催涙スプレーの出番だったが、仲良く手を繋いだ小学生くらいの兄妹。
つーか俺ら、荷物置いて二人とも手とから離れるって、不用心過ぎだったんじゃないか? あとで荷物確認しよう。
「目立つよな。タクトくんのテント」
「え? あ、えへへ。普通のテントは、狭いんで」
この背丈だしなぁ。
「こんにちは」
タクトくんが子どもたちに声をかける。気づいた子どもたちは一瞬、口を開けて見上げたが、無害オーラが伝わったらしい。
ふにゃっと愛らしい笑みを浮かべる。
「こんにちはー」
「あっ。おにーちゃんたち、手をつないでるー。なかよしさんだ!」
大声でやめてくれ……。
タクトくんは自慢げに胸を張る。
「いいでしょ! 一緒に来てくれたんだよ」
男の子の方も、負けじと背伸びする。
「ぼくだって! マキちゃんとマキちゃん家族がついてきてくれたもん!」
兄妹じゃなくて小学生カップルでしたか。失礼しました。顔が似てたので。
「このテント。おにーちゃんの?」
「そうだよ。……入ってみる?」
カップルの目が輝いていたので、タクトくんがお兄さんしている。
そのうちに俺は、鞄のチェックだ! 俺はタクトくんのように、海外装備をしていない。
鞄底の貴重品も無事だった。
「ほっ……」
「心配性だなー。ベリちゃん」
「タクトくんはもっと心配しろ」
怖い目に合ったばかりだろうに。
タクトくんが子どもたちと遊んでいるのを、テント内から眺める。食べた直後にあまり動くと、気分悪くなるのでね。
まあ、数分で親御さんたちがすっ飛んできましたけど。
「のど飴もらったけど、食べる?」
テントに戻ってきた彼が飴ちゃんを差し出してくる。
親御さんからお礼にと受け取っていた。俺の金は受け取らなかったくせに、この子は。
「いや、いいや」
「じゃあ、食べちゃお」
やはり足りてなかったんだな。飴をばりばり噛み砕いている。
「あと二百個ほしい……」
「あー。タクトくん。こっちおいで」
手招きすると、すぐに来た。近いくらい隣に座る。
「なに?」
「遭難した時用にって、お菓子持ってきたから。あげる」
カ〇リーメイトチョコ味。
タクトくんはキョトンとしている。
「……」
なんで何も言わないんだろう。
あ! もしかして、
「……こういうの、持ってきたら駄目だった?」
「え? ああ。もらっていいんですか?」
なんか、ほっとくと雑草でも食べだしそうで……
「お食べ」
「ありがとう。ベリちゃん」
何故か鞄に仕舞いだす。
「チョコ味嫌いだった⁉」
「はい? 家宝にします」
「いや食え! 家宝にできるほどそのお菓子に耐久力ないぞ!」
保存食でもそこまでのポテンシャルは無い。
「やだ! ベリちゃんがくれたのに」
「お腹空いてたんじゃないのか?」
鞄を庇う後ろ姿に苦笑する。冗談で言ってるだけで、どうせ後で食べるだろ。そこまで喜んでもらえると、嫌な気はしないな。
「遭難用のお菓子持ってくるって。ベリちゃん面白いね。そ、遭難って」
ムフフっと笑っている。
えー? テレビとかで、小さな山でも油断するなって言ってたし。
「なんだよ。笑わないでよ」
拗ねていると抱きしめられた。あったかい。すごく。
人目のないテント内なので俺も抱きしめ返す。これがまた癒され……
「それって、オーケーってこと?」
「はい?」
顔を上げるとちょんっと鼻先同士が触れ合った。
「うわっ」
「あ。惜しい」
は?
「ちょ、離して」
「なんで?」
体重をかけてくるので、ふ、腹筋が。
「タクトくん。重いって」
「ふーん」
ふーんって。タクトくん? もしかして、眠い? 寝るならあの色違いで買った寝袋で。
「うぎゅっ」
背中から倒れ込んだ。タクトくんの手が後頭部に添えられていたので、どこも痛くない。
「もー。重いって言ったじゃん」
「……」
「タクトくん?」
見下ろしてくる彼の笑顔。いつも通りのはずなのに、どこか、違う気がする。
「ベリちゃん。おいしそう」
「へ?」
お腹空きすぎて、幻覚見えてる?
舌なめずりする彼に、すっと背筋が冷えた。これは、寒さからではない。
「タクトくん?」
「外で食べるとよりおいしく感じるって、言いましたよね?」
「……は」
メキメキとタクトくんの姿が変わっていく。もともと人より大きい肩関節はボコンと跳ね上がり、倍ほど膨らむ。
肩甲骨は岩山の如く隆起し、腕や脚の筋肉も爆発的に膨らんでいく。
牙と爪が伸び、目はグレーブルーに変色し、全身が体毛で覆われる。
一瞬の出来事だった。
低い、狼の唸り声がする。
「……ッ、は?」
光の加減で紺にも見える闇夜の獣毛。俺の手首を掴んでいるのはやわらかな肉球と毛に包まれた大きな、大きな獣の手。
パシンッと、尾が鞭のように床を叩く。
もう、自分を見下ろしているのはタクトくんではない。二足歩行の、巨大な狼だった。
……ここで泡吹いて気絶したため、目が覚めたのは一時間後でしたけど。
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