15 / 18
第14話 命乞い
余すとこなく肌を舐められていく。経験したことのない「くすぐったさ」に身が震える。
快感だと認めるのに、時間がかかりそうだった。
「あっ、あ。か、彼女が、いたくせに、っ」
なんでそんな、愛撫するかのように。大事そうにするの。
「? 彼女たちのことも愛してたよ。俺が頼りないからフラれちゃったけど……」
ぐいっとパーカーを捲り上げられ、主張してきた胸を舐められる。
「ちょ、あっ! ……服、脱いだ方が……」
「いやぁ。狼耳がある方が萌えるから、フード被ってて」
それが理由なのね……。
狼男にも「萌え」って文化があるんだ。
中途半端に服を着ているから、余計に恥ずかしい。
「赤くなってて、木の実みたい。いっぱい舐めちゃお」
「んっ、そ、そんなに、舐めないで……。変な声、出る……」
嬌声を聞かれたくなくて、手の甲で口を塞ぐ。だって彼は、俺の中ではただの男友達だったんだから。こんな声を聞かれることに抵抗がある。
狼の瞳がわずかに細められた。
「……次、手で口を押えたらお仕置きって言ったよね?」
「え? あ!」
「俺は声が聞きたいの」
しまった。気を付けていたのに。また喉の奥の口蓋垂を……!
どういうわけか、タクトくんはそこを舐めるのがお好きなようで。
舐められる側の俺としてはたまったものではない。
逃げられないならば、
「ご、ごめ。許して……?」
両手を合わせ、素直に命乞いしてみるしかない。
タクトくんはやれやれと肩をすくめる。
「許したくなるくらい可愛いけど、駄目です」
「っやだ!」
「口開けて。はい。あーん」
二の腕を掴まれ引き寄せられ、鼻先に分厚い舌が現れる。これを、拒めば、次はどうなるか。
「……ぁ」
恐る恐る口を開く。
「んんっ⁉」
少しでも開くと、ずるっと入り込んでくる。タクトくんの舌。
「んぐ、んん! ん、っ、ん……」
舐められるたびにガクガク身体が震える。そんなとこ舐められるなんて想定してないし。
おまけに大きな手が、お尻を揉んでくる。
「ンンッ!」
ビクッと跳ねると、舌は口内から出て行った。
「……っ、あ。はあ、あ。吐くかと、思った……」
「俺の言葉に従わないからだよ。次のお仕置きはもっと長くするから、気を付けてね?」
ゾッとした。
「あ、あの! 喉の奥舐めるのやめてよ! 吐いたらどうするの⁉」
あの美味しかったお粥を出来れば戻したくない。
「? 我慢せず吐いて良いよ?」
「駄目だよ。……吐いた後は喉痛くなる……」
「あー。そうなの? あ、もしかして、胃酸で荒れちゃうってこと?」
頷くと、彼は意外そうな顔だった。
(人間は弱いって、自分でも言ってるくせに!)
知識としてはあるが、どこまで弱いのかはまだよく理解していないのだろう。もしかして彼女と長続きしなかったのって……。まあ、触れないであげよう。
でも、タクトくんからすれば、俺は弱すぎだ。
ぎゅっと、肌触りの良いパーカーを握りしめる。
「弱すぎて、うんざりした……?」
一瞬、「捨てられる」と思ってしまった。あまりの弱さに辟易されて。その方が、あっちに帰れて、良いはず、なのに。嫌だと、強く思ってしまった。
うつむいたままタクトくんの顔を見れずにいると、彼は二度瞬きする。
「いや。まさか。見くびらないで。弱いなと思うたびに『俺が守りたい』って火が付く。てか別に、ベリちゃん弱くないし」
「はい?」
こればっかりはお世辞だろう。弱いとこしか見てないでしょうに。何を言うのこの子は。
ぱっと顔を上げてしまう。彼は笑っていた。
「俺が泣いたらキャンプについてきてくれたじゃん? 危険な人が出没するって分かってたのに。ガッツあるなって思ったよ」
「……」
「あ、もちろん! 変な人が出ても俺が守るつもりだったけどね?」
ぺろっと、頬を舐めてくる。
「んっ」
「ベリちゃん、なーんか自己評価低いよね。ふふっ。なあに? 俺に嫌われるとでも思った?」
ザックリと図星を刺され、咄嗟に顔を背ける。
「っ、ちがうよ……!」
「俺ね。彼女さんたちにフラれても追いかけなかったけど、ベリちゃんにフラれたら、どうかな? 両手足食い千切ってでも、俺の側に置いておくだろうね」
なんの温度も無い野生の瞳。
魂抜けるかと思った。
枕を頭に乗せて丸くなる。
「次! 怖いこと言ったら嫌いになるから!」
「ごめんって。かわいい……。じゃ、逃げないでね? 逃げてもいいけど、俺かミキマキに声をかけてからにして」
それは逃げたって言わない。出かけただけ。
仔犬のように両手で抱き上げられる。
「もう。……さ、最中に、怖がらせるなんて。良くないよ? タクトくん……」
「うん。彼女さんにも言われた」
学習しなさいよ。
じとーっと見つめると、タクトくんは目を逸らす。
「どうしてもね。俺たちは、獲物が怖がってる方が燃えちゃうから。ベリちゃんの怖がる顔に、滾っちゃうんだよね」
「泣かせたいってこと?」
「いやあの……。泣かれるとどうしていいのか、わからなくなるから」
焦った様子で「怖がって。でも泣かないで」と無茶な注文を付けてくる。
「俺、まだ抱かれることに納得してないんだけど」
「え? だ、抱く側が良いってこと?」
見たことないほどときめいた顔をしている。背後にキラキラと「トゥンク」の文字が見えそう。
上か下かの話でなくて。
「違うわ! ……彼女が出来て、いつか、そ、そういう行為をするんだろうなとは思ってたよ? でもそんな、男に! 抱かれる日が来るとは、予想してないよ!」
こんな言葉で見逃してもらえるとは思ってないけど、言わないと落ち着かなかった。
怒り出すかな? とは思ったが。タクトくんの反応は予想の斜め上だった。
「へ、へー? つまり処女ってこと? いいじゃん。俺のために置いといてくれたんだ」
照れくさそうだった。
ここで気が抜けたというか……それほど嫌ではない自分に気づく。男に、しかも人外に抱かれようとしているのに、嫌では、ない?
――まったく嫌ではないのは、どうして……?
可憐な少女でもない、屈強な、しかも狼男。恩人とはいえ……
だがこの思考はこんがらがったコードのようで、纏まる気がしない。俺は考えるのをやめた。後にしよう。
「抱かれるの、初めてなんだけど。なにか、俺がすることってある?」
「ん? ああ。演技入ってもいいから、アンアン鳴いてほしい。やる気出るし。ヤる気出る」
「そ、それ、だけ?」
「何を気にしてるの、言っておいて?」
隣に座って肩を抱き寄せられる。しっかりつかんだ手から、話は聞くけど逃がす気は無いって伝わってくるから、妙にドキドキした。
「……。お風呂入ってないから、俺、汚いと思うよ?」
キャンプしていたし。寒いとはいえ、においや汗が。タクトくんの歴代彼女たちは清潔そうな子が多かったから、気になってしまう。
こんなこと気にするって、俺は、タクトくんのこと……
「汚いって、なにが? まさかベリちゃんなわけないよね? 俺の好きな人を悪く言うなら、ベリちゃんでも許さないよ?」
俺がほのかにドキドキしてたのに、タクトくんの纏う空気が真冬のそれに変わる。
見開かれた瞳に、俺が映っている。
「……いや、俺は汚くない、デス……」
と言うしかなかった。
ともだちにシェアしよう!

