22 / 23

ハガネ

※ 戦闘描写があります。苦手な方は気を付けて。   ハガネって誰だよ、と思った方は、キャンプ再びをご覧ください。  シルバーウルフのなかに黒い狼が混じっている。  黒い毛の個体は先祖返りと言われ、ただでさえ強い狼男がことさら強い力を振るう。  確認されている黒い毛の狼は二体。  ハガネともう一人――タクト。王の座に一番近い女性から産まれ、ハガネと同じ毛を持つ狼。  だがすべてが同じではなかった。  タクトの強さは同期の狼たちを置き去りにする。鋭い爪牙に、太く頑丈な骨。保持できる筋線維も多く、もはや大人の狼ですら相手にならない。成長するたびに怪物になっていく幼馴染。畏怖と同時に憧れも抱いたのだ。ハガネも最終的には、あいつと王の座をかけて争うのだと、そう思っていた。  それなのに、タクトは王の椅子にまるで興味がなかった。  挑んでくるライバルたちを適当にあしらうだけで、自分から攻撃を仕掛けたことはない。 「あにさま。おきをつけて」 「おおーん」 「うん。行ってくる」  登山が好きなのか山を見つけては登り下りを繰り返している。たまにハガネも誘われたことはあった。言いたいことはそれこそ山のようにあったが……  まだ幼かった狼たち。 「おま……。俺を誘っている場合か? 俺とお前はいずれ戦って王の座を」 「ハガネを倒すのは骨が折れそうだし。てか、いまはそんなこといいじゃん。古賀畑っていう山があるんだが、面白そうだ! 行こうよ!」  「そんなこと」。  タクトが王座を微塵も見ていないことは理解した。  山頂からの風景を思い浮かべ、目を輝かせているタクト。  ハガネの脳裏に百万語が並ぶも、心がぐちゃぐちゃで言葉にならなかった。  誰より強いのに。ハガネより強い身体を持って生まれたのに。  幼馴染はハガネなど眼中になかったのだ。  落胆した。 「――失せろ。俺は登山に興味はない」 「ソロって楽しいけど寂しくて。弟たちはまだ幼いから連れ出せないし。そもそも俺についてこられない。ハガネ!」 「お、おい馬鹿!」  タクトががしっと、ハガネの腕を掴んでくる。同行人が欲しくて必死なのだろう。ハガネが振り払おうとするも、腕力で連れて行こうとする。  ハガネも必死で抵抗した。  ギギギギと床や腕から嫌な音が鳴り、力が拮抗する。  だが、ズッと足が滑ったのはハガネだった。パワーバランスの天秤は平行になっているように見えて、タクトの方に傾いている。  歯を喰いしばった。悔しくてたまらなかった。  こいつ、こんなに強いのに。  自分も王座も、他の狼たちのことも。どうでもいいと思っている態度が。  どうしてこんな奴の方が強いんだ。 「登山している暇があるなら、修行でもしたらどうだ?」 「登山馬鹿にすんなよ? 足腰めっちゃ鍛えられるって。ハガネもどう?」 「俺は行かん!」 「そんなハッキリ! 一回。一回でいいから! 一回行けば登山の良さが分かるって」 「放せ! 馬鹿者」  周囲の大人たちは見てくるだけ。黒い狼同士の戦いだ(戦ってはいない)。並みの大人では「こらこら。やめなさい」と割って入れない。それどころか黒狼同士でつぶし合ってくれればいいとその場を離れていく。  十分ほど引っ張り合いをしていたが、 「なんだよ。まあいいや。気が向いたら声かけてくれよ」 「はあ……」  タクトは手を振って出かけていく。バッタのようにスキップしてとても元気だ。ハガネは毎回くたくたになっているというのに。  力の差を思い知らされる。  同じ、黒い狼なのに。  ハガネはタクトには敵わない。  それでも心が憎しみに染まらなかったのは。タクトを嫌いになれなかったのは。  目が、あいつの背中を追いかけていたからだろうか。  タクトが握りしめていた箇所に、まだ熱が残っていた。  修行のために、成人すると狼男はあっちで一定期間過ごすことになる。王に成ればまったく違う環境に身を置くのだ。違う環境に慣れるのに、記憶が残らないあっちは適していた。  パスポート代わりの人の姿が必要になる。  タクトやハガネは、人が映っている雑誌を読み漁った。ファッションセンスも必要になるためモデル雑誌を中心に。そのため狼男たちは必然的に、モデル体型の美男に変化することが多い。 「ミキマキも連れて行くうう!」 「ダメよ」  どういうわけか、タクトはあっちに行くのを不安がっていた。そりゃ違う環境どころではなく、違う世界に行くのだ。他の同期の狼たちも不安や緊張を抱えていた。  鞄に弟たちを詰めこもうとして、母親に叱られている。 「ミキとマキはまだ幼いの。人に変化できない狼男なんて連れて行ったら騒ぎになるわ。何を学んだの」 「ふぎゅっ!」  母親に拳骨を落とされ、タクトは地面にめり込んでいた。  メスの方が強力とはいえ、あのタクトを殴れる母親に引いたものだ。  人間に混じって生活するようになり、ハガネも以前ほどタクトにばかり意識を向けていられなくなった。ハガネも馴染まないといけないからだ。  周囲が人間の学び舎で、ボロを出さないように。  だがタクトの情報は定期的に入ってきた。ほぼ全員にライバル認定されている狼だ。あっちでも登山をしている。弱者のふりが上手いなどなど。  彼女ができた等の噂まで。長続きはしていないようだったが。 (あいつは同性が好きだと思うんだがな……)  直接聞いたわけではないし、彼女を作っている時点で違うかもしれない。が、なんとなくタクトの母親を見ていると「そう」なんじゃないかと思う。実際、異性の恋人と長くは続いていないようなのだ。  ……どういうわけか、それが嬉しかった。別にタクトがフラれたから、ではなく。  しかも本人は気付いていないようで、間隔を開けては彼女を作っている。教えてやる義理もないハガネは黙っていた。  あいつにはハガネしかいない。  そんな考えが頭のどこかにあった。  それを後悔という形で突きつけられるのは、何年か経ってのことだ。  タクトの横には男がいた。  一瞬、女性かと思ったが。色素の薄い髪に、薄幸な雰囲気。目を凝らせば男に――見えなくもない。  狼男と人間が結ばれてはいけない法律など無い。そもそも王(ルール)がいない無法地帯だ。本人たちがいいならそれでいい。 「お前だから視界に入れることは許すけど。触れるなよ」  ハガネに話しかけるのはいつも通りで、横の男に向ける眼差しは。  見たことがないくらい、幸せそうで。  ハガネは足元がなくなった気分だった。 「お前たちの邪魔はしない」  これを言うので精一杯だった。  タクトが急に、火が点いたように王座を目指し始めた理由にも合点がいく。あの人間の男のためだ。  自分は何もしなかった。  タクトへの想いを自覚していたのに。タクトに告白することも、向き合うこともしなかった。同じ黒狼という現状に甘えていただけ。  ハガネには落ち込む資格もない。  そんな彼の背を、人間の男はどういうわけかショックを受けたように見ていた。    まるで反転するかのように。今度はハガネが、王座に対する情熱が消えてしまった。  毎日が灰色で、何を食べても美味しいと思えない。  王座が。王座すら心底どうでもいいとすら思える。  気持ちは強さに直結し、今まで片手であしらっていた同期に初めて負けそうになった。  ――黒狼(ハガネ)が弱体化した。  この噂は一気に広まり、怯えた目を向けられるのが常だったハガネは、連日奇襲を受ける。  問題はなかった。狼は群れで狩りをする。一対複数など日常だ。  しかし。  じわじわと……対処しきれなくなってくる。  タクトの家は大自然のど真ん中だが、こっちにも都会というものは存在する。ハガネの家はタクトの家から遠く離れていた。とはいえ、狼の足だと二十分もかからない距離だ。  物語に出てくる怪物のような腕力を持つのが狼男だ。自然と家も頑丈な造りなものになる。  それが土煙を上げて崩れていた。  瓦礫の中から、ハガネが身を起こす。  ぼたりと血が落ちた。 「おお。マジで当たった」 「弱体化の噂は本当のようだな」 「気を抜くなよ。黒狼だぞ」  タクトより濃いグレーブルー。青に近い瞳が周囲を一瞥する。  自分を取り囲む、成人したオスの狼。  ほとんどが同期だが、年上も数人混じっていた。  ぶん殴られて瓦礫に突っ込んだのだ。本来なら掠りもしないはずの、シルバーウルフの拳。  避けることができなかった。 「チッ」  血の混じった唾を吐き、苛立ちを露わにする。  戦いの際に冷静になれないなど未熟者。分かってはいるのに、心の制御ができない。それを見抜かれているのか、殺気をぶつけても銀狼たちは怯まなかった。  とはいえ黒狼。  ハガネの怪我はもう塞がっていた。回復速度も常軌を逸しているのだ。千切れたことはないが、腕が取れてもくっつくと思う。  あらゆる面において、銀狼より上回っているのが黒狼。  それが弱っているとあれば、好機と攻めてくる。まあ、ここにいる全員はハガネが風邪を引いたとでも思っているのだろう。なかには見舞いの品を置いて、無言で帰った者もいた。 「卑怯とは言わせない」  銀狼の一体が飛び上がった。宙でコマのように回転すると、ハガネの脳天目掛けて踵を振り下ろす。  狼の戦いは足を使った相手の体力を奪う持久戦が主だが、スピード特化のハガネにその戦い方はよろしくない。一回逃せば追い付けないのだ。  ハガネは横に飛んで躱すが、動きは読まれていた。横に飛ぶと同時。鼻先にピンポイントで拳が飛んでくる。 「これで終わり――」  勝利を確信し、笑みを浮かべた銀の狼。だがその拳はハガネの顔を素通りした。 「――へ?」 「どこを見ている」  黒狼の太い脚に、腹を真横から蹴り上げられる。 「ごぼっ……⁉」  吹き飛んでいく銀狼。彼が殴ったのはハガネの残像だった。 「目で追うな! 相手はハガネだぞ! 風の流れを……」  年上の狼が叫ぶも、瞬きすると同時に黒狼の姿が視界から消えた。 「馬鹿な。どこにッ⁉」  探そうとしたが、そこで意識は途絶えた。真下から掌底が突き上げられ、頭を吹き飛ばされたのだ。大きく仰け反った彼は、地面に倒れる前に気絶していた。  二人が瞬殺され、周囲を取り囲んでいた狼たちは後退る。 「う、嘘だろ。風邪引いているんじゃ……」 「弱体化はでまかせだったってのか?」 「くそ! 騙されたぜ」  狼たちは悔しがるも、ハガネはきっちり弱体化している。失恋というナイフが心に刺さっているのだ。今のハガネが、過去含めて一番弱っているのは間違いではない。  間違いではないが…… (苛々する。自分に! なぜ何もしなかった……ッ。何も出来なかったんだ‼)  銀狼たちと戦いながらも、ハガネの脳裏を埋め尽くすのはあの出会い。  ハガネの隣で、照れ臭そうに。だが幸せそうに寄り添っている人間の男。  タクトが選んだのは、選ばれたのは――  戦いに不要な雑念まみれで、判断すら鈍っている。だがここまでしても、銀狼と黒狼の差はなかなか埋められない。なんせタクトでさえ、ハガネに攻撃を当てるのは難しい。だからタクトは最初にハガネを掴まえるのだ。腕でも足でもどこでもいい。身体の一部を。  ハガネに足を使わせてはいけないと。  腕力という自分の土俵(得意分野)に引きずり込む。  例えナイフが刺さっていようと、それができていない銀狼たちでは。  三分とかからず全滅した。 「ふん……っ」  挑戦者の屍(死んでない)の山を築き、ハガネは身を翻す。  ダメだ。冷静になれない。滝行でもして、気を静めるべきだ。家は壊れてしまったが、そこは狼。その辺の木の根元でも眠れるので問題はない。 「荒れてるな。ハガネ。失恋でもしたか?」 「っ」  ナイフを押し込んでくるようなことを言われ、足が止まってしまう。

ともだちにシェアしよう!