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永遠の別れ

「ごめんな、元旦は会えなくて」 「婚約者がくるんだろ?」 「そう。毎年家族で新年の挨拶に来るんだ」  12月30日の夜。俺は恋人の和真と電話で話していた。話題はお正月のこと。恋人がいるなら大晦日の夜か元旦の昼間には一緒に初詣に行きたいところだけど、俺には名ばかりの婚約者がいて、その婚約者が家族で新年の挨拶に来るのでそうすることができない。  恋人がいるのに婚約者がいるとか最低だろ、と自分で思うけれど俺が子供の頃に双方の親同士で決められたことだ。家のために仕方ないとはいえ、本当なら解消したいところだ。   「やっぱり俺なんかが陸と付き合ってたらいけないんじゃないかな」  和真はなにかあるとこう言う。そうだよな。令和のこの時代にまだ許嫁とか言っているんだから。それもこれも家柄を重んじる母親のせいだ。 「そんなこと言うなよ。別れを選ぶなよ? そんなこと選ばれたら俺は家を捨てるよ。やっぱりかけおちしよう。それが一番いい」 「なに言ってるんだよ、かけおちなんて。って、ごめん。俺がいけないんだけど。待ち合わせは4日の11時だろ」 「俺が家を捨てれば三が日だって普通に会えるんだからな」 「うん。そうだけど」 「4日は食事してから初詣に行こう」 「わかった。じゃあ4日、楽しみにしてる。お休み」  和真はそう言うと電話を切ってしまった。  俺は本当に家を捨てる覚悟は出来ている。後は和真が俺の手を取ってくれるだけでいい。だけど和真は俺の手を取ってくれない。  俺の家は国内で有名な宮村製菓だ。父は宮村製菓の社長で兄は専務、そして俺が常務を務めている。父の家は商家で特に家柄だとかは言わないけれど、旧華族の出の母は令和になった今も家柄をとても重んじる人だ。  婚約者は母と母の従姉妹である友子さんの2人で決めたことだ。ちょうど釣り合う年齢のアルファとオメガがいたから。  俺はそんな家柄だとか性別とかは気にしない。和真の家が普通のサラリーマンの家庭だろうと、和真がベータだろうと俺にとってはなんの問題でもない。和真は和真だ。  うちには既に結婚した兄がいる。子供はまだできていないけれど、いつかは産まれてくるだろう。そうしたら跡継ぎ問題もないはずだ。それなら俺が家を捨てたとしても問題はないはずだ。なのに母は俺にまで婚約者を決めてきた。友子さんのところにオメガがいるから友子さんの子供と婚約者になったけれど、もし性別があわなければ学校のOB会である桜友会か女子科のOB会である楓会から探していただろう。  俺の出た学校は皇室の方や旧宮家、旧華族が多く通っているため婚約者を決めるなんてたやすいことだ。  令和のこの時代、家柄など関係ないだろうと思うけれど、俺の出た学校では婚約者がいたりというのも珍しいことではなかった。今の時代、皇室だって恋愛結婚しているのに、なんで庶民が家柄を気にして結婚相手を決められてるんだよとは思う。思うけれど、これを母親に言っても未だ勝てたことがない。  そんなこんなで正月は親戚が新年の挨拶に来て、名ばかりの婚約者家族もくる。それで三が日は潰れてしまうのだ。なので毎年、正月前は気が重い。  付き合って間もない頃から俺に婚約者がいることを知っている和真は、家を捨てるという俺の手は取ってくれない。代わりに俺たちのことを認めて貰おうと言う。  あの母親にいくら言ったって認めてはくれないだろう。実際、俺は和真と付き合ってから何度もその話しをしているけれど、一切聞き入れてはくれない。母親を攻略するのも大変だが、和真を攻略するのも大変だ。そんなこんなで1年のうちで一番気の重い時期が来た。  そんな風にため息をつきながら寝る前に水でも飲むか、とキッチンへと行った。
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