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新婚旅行らしくない新婚旅行
6月吉日。
梅雨時にも関わらず青空の中、僕と陸さんの結婚式が行われた。チャペルには明るい陽射しが差し込んでいて白のショートモーニングに身を包んだ陸さんはいつも以上に格好良く見えた。切れ長の目の整った顔立ちに長い手足。その姿はまるで物語に出てくる王子様みたいだ。いつもの何倍格好いいんだろうか。僕、この人と結婚するんだ。
式は家族と近しい友人のみで行う式だから比較的緊張はしていないけれど、陸さんのあまりの格好良さにそっちの方に緊張してしまう。いや、きっとお母さんは陸さんに見蕩れているはずだ。
でも、そんなに晴れやかな日にも関わらず陸さんの顔には表情がなかった。もっとも僕との結婚は恋愛での結婚じゃない。小さい頃に親同士が決めた結婚だ。だから陸さんの顔に表情がなくても当然だ。
陸さんは2月に31歳になった。子供の頃からの許嫁だから、もっと早くに式をとゆきな伯母様は希望していたみたいだけど、陸さんの仕事が忙しいために遅くなってしまった。だから伯母様はホッとしているはずだ。それが証拠に僕の控え室に伯母様が来て、ごめんなさいと言っていた。僕としてはそんなの全然気にしていないけれど。
パイプオルガンの讃美歌の中、僕と陸さんは腕を組んで入場する。そして牧師さんのいる祭壇の前まで行く。
「新郎陸。あなたは千景を夫とし、健やかなる時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しい時もこれを愛し敬い、慰め合い共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「……はい、誓います」
牧師さんの誓いの言葉に陸さんが返事を返すのが一瞬遅れる。本当は誰か他の人と結婚したかったんだろうか。いたとしても驚かない。こんなに素敵な人を周りの人は放っておかないだろうし、31歳になるんだ、心に決めた人だっていたのかもしれない。それが誓いの言葉に返事を返すのが遅れた理由かもしれない。でも、そのことに対して僕はなにも言わないし言えない。それでもいいんだ、陸さんの夫になれるのなら。この結婚に気持ちを込めるのは僕だけでいい。
「新郎千景。あなたは陸を夫とし、健やかなる時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しい時もこれを愛し敬い、慰め合い共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい、誓います」
チラリと陸さんの方を見ると、悲しげな顔をしているのに気づいた。やっぱり心に決めた人がいたんだな、と思う。優しい|表情《かお》をした陸さんが誰かと電話で話しているのを一度見たことがある。でもゆきな伯母様とお母さんが決めていたから仕方がなかったんだろう。陸さん、ごめんなさい。心の中で陸さんに謝罪した。
「それでは指輪の交換を行います」
陸さんの指が僕の手に触れる。それだけで僕はドキドキとする。白銀のリングが僕の左手薬指に嵌まる。次に僕から陸さんの左手薬指に嵌める。これが僕と陸さんが夫夫である証しだ。
「それでは誓いのキスを」
その言葉に陸さんが僕の顔を見る。きっと今初めて僕の顔を見たはずだ。指輪の交換は体こそ向き合っているけれど、視線は手にあったから。でも、僕の顔を見た陸さんは小さく唇を噛んで視線を下に向ける。泣きそうな顔をした陸さんに声をかけたいけれど、まさか結婚式の最中にそんなことできるわけもなく、僕はただ陸さんを見つめた。陸さんの薄くて形のいい唇が僕のそれに触れる。その唇はひんやりとしていた。
そうして結婚式は無事に終わりそれぞれ控え室に戻る。
悲しげな顔をしていた陸さんは何を思って式を挙げたんだろう。僕の子供の頃からの夢は陸さんの悲しみの上に成り立っている。そう思うと陸さんにも陸さんが好きな人にも申し訳ない気がする。でも、だからこそ家庭はしっかり守ろうと決めている。そして陸さんが好きな人に会いに行くのに対し僕は何も言わない。陸さんが家に帰って来てくれる、それだけで僕はいい。そう思っている。ごめんなさい。僕はもう一度心の中で陸さんと見たことのない陸さんの思い人に謝罪した。
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