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忘れられない4

 千景を元町にあるフレンチの店に連れて行く、と考えたところでふと気づいた。なんで俺は千景を連れて行こうと思ったのだろう。お互い干渉ナシでと言ったのは俺だ。なのになんで千景を連れて行く必要があるんだ?  でも、それなら週末、千景に昼・夜と食事を作って貰っているのはどうなるんだ。干渉はしていない。ただ、善意でやってくれている。だからどこかへ連れて行こうとするのは感謝だ。お返しだ。それ以上でも以下でもない。  千景と結婚して約半年。結構上手くやっていると思うけれど、それは千景のおかげだ。千景は嫌な顔をせずに俺の部屋以外の掃除、洗濯をしてくれているし、週末には食事を作って貰っている。家政婦でもないのに、だ。だから上手くやれているとしたらそれは千景のおかげだとわかっている。  母さんも家事は家政婦にやらせればいいと言ったみたいだが、俺も似たようなことを言ったことがある。家政婦と同じ事をしているのだから俺が渡す金を使えと。だけど千景は笑って、僕がやりたいからと言う。それにしても、自然とどこかへ連れて行こうとしている自分がわからない。 「陸さん。支度できました」  夕食に中華街で飲茶をしたいと言った千景を中華街に連れて行くのに支度をすると言った千景。なにを支度するんだと思ったけれど着替えたらしい。わざわざ着替える必要なんてないのに。 「行くか」 「はい」  車の鍵を持って家を出る。 「元町には行くか?」 「時間があれば行きたいです」 「時間は取ってある」 「じゃあ寄りたいです。輸入雑貨とか、あそこでしか見かけないようなのがあるから見るのが好きなんです」  そうか。横浜港のお膝元の商店街だ。そういうものも多いのだろう。もっとも最近はチェーン店が増えてきて、元町らしさが薄くなったという話しは聞いたことがあるが。  エレベーターで地下駐車場へ降り、千景を助手席に乗せ、自分は運転席に乗る。ここから中華街まで30kmと少し。いいドライブだ。  そういえば和真と中華街に行ったことがあったな。あのときも飲茶を食べた。人気の店だから少し並んだのを覚えている。  和真ともっと色々なところへ行きたかったと思う。でも、もうそんなことはできない。車を1号線に向けて走らせながらそんなことを考えた。   「陸さん。僕、飲茶がしたいなんてわがままを言ってしまいましたが、大丈夫ですか? 陸さんは食べたくないかもしれないのに。ってここまで来ておいて今さら言うのも遅いのですが」  和真のことを考えていたから、千景の言葉で我に返る。今は千景と一緒なんだ。和真じゃない。それに考え事をして事故をおこしたら危険だと思って軽く頭を振る。今は和真のことを考えるときじゃない。 「俺も飲茶は好きだからいい。中華は好きか?」 「好きです!」 「なら今度は飲茶以外で中華を食べに行くか。小さなお店だけど美味い店がある」 「わぁ行きたいな。楽しみにしてます。中華街って買い食いしても満足できますよね。学生の頃はよくそんなことをしました」  確か千景の出身校は川崎にほど近い横浜の学校だったはずだ。自宅は都内だが、たまには遊びに行ったりしたのだろう。俺だって家からも会社からも、ましては学校からは距離があるのに中華を食べたくなったら中華街へと行っていたから俺よりも近い千景が行くのは不思議じゃない。 「僕、横浜って好きなんです。東京の隣だけど持っている雰囲気が東京とは全然違って」 「そうか。最近はいつ行った?」 「結婚してからは行ってないです」 「なぜ行かない?」 「行くには家事をお休みしなきゃいけないから」  行かない理由が家事だということに俺は驚いた。家事なんて一日くらいサボったっていいのに。そう言うと千景は笑って言った。 「でも、仕事してないんだから家事をやるのは当たり前ですし」  こいつはそんなに真面目なヤツなのか。だからお金を使えと言っても使わないのだろう。俺は小さくため息をついた。千景には口でいくら言っても変わらないだろう。そうしたら俺が連れて行くしかない。 「元町のフレンチの店は行ったか?」 「いいえ。だって友だちと行ったりはしませんよ」  千景は結婚する前は誰ともつきあったりしなかったのか? そのことに俺は驚いたけれど、なんでもないフリをした。 「なら今度食べに行こう。俺も行ったことはないが美味しいと有名だからな。ケーキも売っているからそれを買って帰ればいい」 「あ! ケーキは食べたことあります。買って帰ってお母さんと食べました。美味しかったですよ、上品な味で」 「そうか」 「でも食事で行けるのは楽しみです。だけど高くないですか?」 「お前はそんなことを考えなくていい。楽しみにだけしておけ」 「はい。じゃあ楽しみにしています」  そう返事をする千景の表情は明るくて嬉しそうだった。

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