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忘れられない6
「わぁ。美味しそう! なにから食べよう」
「好きなように食べろ」
テーブルの上には数種類の蒸し餃子、小籠包、焼売、春巻きが乗っている。まずはこれからだろうと思って適当に注文した。そんな料理を見ながら千景は目をキラキラとさせている。そんなに食べたかったのだろうか。それなら連れてきて良かったと思う。
千景は無言でまずはエビ蒸し餃子から手をつけ、小籠包、焼売、春巻きと次々と手をつけていく。そしてテーブルの上の蒸籠はどんどんなくなっていく。
「ほんと美味しい。陸さん、ありがとうございます」
「そんなのはいいから、いっぱい食べろ」
「はい!」
ここの飲茶には北京ダックがあった。飲茶には珍しいと思ってそれも注文した。そしてテーブルにやってくると千景は手を止めて言った。
「実は僕、北京ダックって初めてなんです」
「そうか。食べ方は簡単だ。このうす餅にタレをつけてから北京ダック、野菜を乗せて食べるだけだ」
そう言いながら俺は手のひらにうす餅を広げ、タレを広げて塗り、肉、野菜を乗せて巻いたものを食べる。
俺がそうやって食べたのを見て千景も真似をしてうす餅を巻いて食べた。すると、また目をキラキラとさせて俺を見る。
「陸さん。すごい美味しいです!」
「そうか。ならたくさん食べろ。まだあるから」
「はい!」
目をキラキラさせながら食べる姿を見ながら俺も口にしていく。でも、自分が食べるよりも美味しそうに食べる千景を見ることに忙しい。気分は保護者だ。それでも、しっかり食べておかないと俺も後でお腹が空いても困るので無言で食べ続ける。
他の席ではみんな楽しそうにおしゃべりをしながら食べているが、俺たちは無言で食べている。食べるときはいつも無言だし、今日は千景は食べるのに忙しくてそれどころじゃないだろう。
今日は俺が元々夕食は外でと決めていたから千景に食べたいものを訊いたが、いつもなら千景が俺に食べたいものを訊いてくる。つまり、いつもならこいつは点心が食べたいと思っても黙っているのだろうなと思ったら胸のあたりがむずむずする。人のことを気に掛けることができるのはいいことだけど、全部相手にあわせる必要もない。こいつにはそれが出来ないのだろうか。そう思って千景に言う。
「普段でも、自分の食べたいものを作っていいんだぞ。こういう作るのは無理なのもあるからこうやって食べにくればいいし。外で食べたいのならそう言えばいい。車を出すから」
「でも陸さんが食べたいものだってあるでしょう?」
「それなら、お前だって食べたいものがあるだろう。お互いが食べたいものを食べればいい。でないとお前は我慢することになるぞ。家でもそんなふうだったのか?」
「いえ。家では食べたいものを言ったりしてました」
「だろう。それと同じだ」
家族が変わっただけだ、と言いそうになって慌ててその言葉を飲み込む。俺と千景が家族……。俺には和真がいたのに。今は千景が家族になったのか。
俺が小さくショックを受けているそばで、千景は眉をたらしている。
「じゃあ、これからは食べたいものがあったり、食べに行きたいお店があったら言ってもいいですか?」
「言えばいい。そして食べに行こう」
「はい」
これでこいつも食べたいものができたら言ってくるだろう。こいつはなんで俺ばかりを優先するんだろう。まだ和真のことを忘れられない俺なんかのことを。
いや、忘れることなんてできないのかもしれない一生。でも、少しは前を向かなきゃいけないとも思う。もう和真はいないのだし、俺はいくら望んでいなかったとは言え千景と結婚したのだから。そう思うと少し悲しくて、その気持ちを飲み込むように点心を口に入れた。
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