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再スタート1

 ベッドリネンを買いに行って、ついでに食材の買い出しも済ませようとスーパーで色々見ていると陸さんに急かされた。なんだろう? なにかあっただろうか。それとも食材の買い出しはつまらないだろうか。そう思っていると陸さんが僕の耳元で囁いた。 「千景のフェロモンの匂いが濃くなってきた。今日は大丈夫だと思うが念のために早く帰った方がいい」  え? 僕のフェロモンの匂い? 確かにそろそろヒートの時期ではある。外でヒートを起こすのは怖い。もちろん陸さんはいてくれるけれど、まだ陸さんと番いになってないから、他の人を誘惑してしまう。なにがどうなるかわからないから早く帰った方がいいよね。 「わかりました。急ぎます」  そう言って僕はあまり迷うこともなく、パッパと選んでカゴに入れていく。なにか足りなくたってマンションの1階にはスーパーがあるんだから問題はないだろう。それに僕がヒートになったら食事は作れないからあまり買う必要はない。ヒートが終わってから買いに行ってもいい。なので今日は最小限の買い物とヒート中に簡単に食べられるものに留めた。  急いで買い物を済ませて陸さんの車に乗るとホッとした。そして車はすぐに発車する。 「急かして悪かったな」 「いいえ。外でヒートを起こしちゃったら危険なので教えて貰って良かったです」 「千景。今回のヒートで噛むぞ」  項を噛む。それで僕と陸さんは番になれる。それは僕が起こりえないことと夢見ていたことだ。 「はい」  僕がそう返事をすると陸さんが小さく笑いながら言う。 「俺たちが番になったら母さんが喜ぶな」 「お義母様もだけどうちのお母さんも喜びます」 「友子さんもか」 「はい。でも、きっと僕が一番喜びます」 「千景が?」 「はい」  それは喜ぶだろう。だって子供の頃から好きな人なんだから。だから不思議な顔をしている陸さんに僕は言った。 「だって、僕、子供の頃から陸さんのこと好きだったんですよ? だから番なんて夢見てました。でも、陸さんに好きな人がいるって思ったときに永遠に叶わないって思ったんです。だから、一番嬉しいのは僕です」 「千景……」 「でもお母さんたちに言うの恥ずかしいな」 「お前はヒートっていうだけで恥ずかしがるからな」  だってヒートって恥ずかしいだろう。恥ずかしくないのかな? ヒートって要は発情期だから。動物みたいで恥ずかしいんだ。 「ヒートも番も恥ずかしいことじゃない」  そうなのか。自分がオメガでヒートを起こすって知ったときは泣いたくらいだ。生殖行為のことしか頭になくなるというのは浅ましいと今でも思っているのに、子供の頃はそこまではわからなかったけど、自分が自分でいられなくなるっていうことが怖かったんだ。だから泣いてお母さんを困らせた。でも、そのときには陸さんとの話しは既にあったのでお母さんは心配していなかったみたいだけど。  でも、オメガで良かったって思うことがひとつある。それは、アルファの陸さんと結婚できたことだ。だっていくら僕が好きでも僕がベータだったらお母さんやお義母様は僕たちを結婚させようとは思わなかったから。この結婚は僕がオメガで陸さんがアルファだからなり得た話しだ。だからオメガで良かったって今は思うんだ。 「番になったら次は子供のことを言われるぞ」 「あ、そうか……」  僕と陸さんの子供。そんなの考えたことがなかった。だって番になることさえ夢のまた夢だと思っていたのだから、子供のことなんて考えるはずがない。 「子供のことは考えたことはあるか?」 「いいえ。でも、2人がいいなぁ」 「なんでだ?」 「だって一人っ子って寂しいですもん」  そう。僕は一人っ子だ。だからいつも1人でいた。小さい頃、友だちと遊んでいてもお兄さんやお姉さんが帰ってきて一緒に遊んで貰ったり甘えたりしていた。そんな周りの兄弟のいる友だちが羨ましかった。だから、子供の頃陸さんに遊んで貰って嬉しかった理由の1つにそれがある。 「そうか。千景は一人っ子だったな。俺は兄さんがいるからそれは考えたことがなかった」 「陸さんは何人がいいって考えたことはありますか?」 「いや、ないな。だから2人以上でいいんじゃないか? ってまずは番になってからだな」  そう言って陸さんは笑う。僕は陸さんと子供のことを話していることが不思議だった。でも、そんな話しを陸さんとできることが幸せだと思った。

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