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第7話 流れ出す

7話 流れ出す 流れ出す  リョウの体から血が流れ伝っていく。  ガルゴは浅い息をして心臓がバクバクと音をたてて手には汗がじっとりにじむ。  はっとしてリョウの傷口を塞ごうと手を伸ばす。 「ガルゴ……ダメだよ。ほら、ちゃんと持って」  少し青ざめながら口角を上げたリョウはしゃがみこみナイフを拾う。 「おい、リョウ……血がっ!」  上手く言葉が出てこない。リョウが動く度に血がにじむ流れ出てくる。  再びナイフを握らそうとリョウがガルゴの手に触れる。パッと手を振り払いリョウを見る。 「なにその顔?ガルゴ……怖いの?」  なんでそんな平気そうなんだ、そう思ったのにガルゴは言葉が出てこない。 「大丈夫だよ、このくらい。なんなら……足りない。」  何を言ってるんだ、ガルゴはそう口に出したかったが声が出ない。  「……それとも、切られてみる?」  リョウがナイフをガルゴに向ける。  恐怖でさっと指先から血の気が引く、ガルゴはリョウがなにを言っているか理解できなかった。リョウはゆっくりと微笑みながら体をガルゴに近づけてくる。ナイフが反射でキラリと光り、ガルゴに近づいてくる。 「……やめろ。」  後退りするも壁にぶつかる。助けを求めるように辺りを見渡すも部屋にいる人々は我関せずで己の欲望を満たすばかりでガルゴとリョウには一切目も向けない。  リョウが近づいてくる。 「……もうやめてくれ!」  恐怖からか、本能からかガルゴはリョウに飛びかかった。やらなきゃやられる。 「……っ!ちょっと!ガルゴ!」  予想外だったのか、ガルゴの力が強かったのかリョウは慌てた声を出し抵抗する。  ガルゴはナイフを奪おうとし腕をつかむ、リョウは抵抗し腕を自分の方へ強く引いていた。  少しの間そのままの姿で互いに睨み付け、リョウが押し負ける。体勢を崩しリョウが一歩下がろうとするとガルゴは押し倒し、リョウの持つナイフに手を伸ばす。 「……いたっ!」  頭を打ちナイフを手放す、それがいけなかった。  落ちたナイフはリョウの体の上に刃を向けるように落ち、そこにガルゴの伸ばした手が勢いのまま強く持ち手にぶつかり、リョウの胸に突き刺さる。 「ぁ、あ、リョウっ!」  ガルゴは一気に血の気のが引き、リョウにナイフが刺さった所から赤い血がゆっくり流れ始めるのを眺めているしかなかった。血がゆっくりゆっくりその身体をなぞるように垂れ、白い肌に赤い線を作っていく。胸から赤い線は肋骨の影に、お腹に伸びていく。  それは長い時間のように思えたが、リョウがナイフを引き抜きより血が溢れ出すと一気に現実に戻され、息苦しくなる。 「ガルゴっ……。」  リョウは顔を真っ白にさせ汗をかき、やはり笑っていた。  リョウはナイフを見せつけるようにガルゴの前に持ってくる。赤い液が垂れ、ガルゴの顔が反射する。その顔はなんとも情けなく、眉を下げ口はパクパクと動くだけだった。 「ガルゴ……もっと。」  再びガルゴの手を握り、ナイフを持たせようとリョウは優しく握りしめた拳を指でほどいていく。  優しい手つきなのに冷たい指先はガルゴにはひどく乱暴なものに思えてきて、嫌で早く離して欲しかったが頭は動くのにリョウの動きに目で追うことしかできずされるがままになっていた。  また音が遠くなり、心臓が主張するかのようにうるさく鼓動する。 「ガルゴ、笑って?」  リョウがガルゴの頬に触れ包み込む。ガルゴはリョウに触れる度に、二人の間で保とうとしていたバランスや境界線が壊され、リョウが無理矢理入ってくるような、ぐちゃぐちゃに掻き回されるような感覚になる。  リョウが笑っている。怖い、嫌だ。そんな言葉が反芻されるのにリョウが笑っているとそんな気持ちがバカらしくなってくる。リョウはいつものように笑って話しかけてくる。 「笑った……。」  満足そうな声でリョウが言う。ガルゴは自分がどんな顔をしているのか分からなかった。  ――    ガルゴはその後は記憶が朧気だった、リョウの白い肌に赤い線をつけたことが強烈に残り頭のなかを満杯にした。  どうやって帰ったのか、リョウとはいつ別れたのかも分からない。  ベッドに横たわり、下着のなかを触る。 「……っ、んっ……。」  リョウの笑顔、肌、赤い傷、手つきを思い出しながら目を瞑る。呼吸が荒くなる。頭のなかに良くない妄想でいっぱいになり溢れるかのように次々と想像してしまう。  もっと傷を!  白い肌に赤い跡を!  切ったり、叩いたり、あの肌を顔を自分のものに! 「っ!」  手の中に温かいものを出す。 「……、ふっは!ははっ!」  手の中のものを見ては笑いが溢れてくる。どうも頭がおかしくなったみたいだった。  リョウのことを傷つけたくはなかったと頭の角に浮かんでくるがティッシュを取って手を拭けば忘れてしまった。  ――  翌日の朝。学校に二人とも登校していたがガルゴはリョウを見かけると物陰に隠れ、彼が去るのを待った。  浅い息をして頭のなかで昨日の出来事が勝手に再生させることに苦悩しながら、彼を目で追う。なぜ学校に来てしまったのかと悔やみながら、その日はこそこそ隠れてやり過ごした。  その日からずっとガルゴは夢を見た。なぜあんなことになってしまったのか。リョウの体は大丈夫なのか。これからどうすればいいのか。あの日のことがなんども反芻されガルゴの心を重くした。  ガルゴは今までに人間関係で悩むことなんてちょっとしたことで、次には元通りになることが多かった。また、そんな仲良くなれる相手なんてそうそう居なく、中学生になってからはいっそのこと人との関わりが薄くなり、このような悩み事なんて経験したことがなかった。  何回も何回も同じ事が頭のなかを駆け巡る。  そんな毎日にガルゴはどんどん嫌気がさしていく。隈もひどくなり、家族や友人らに心配されてはっと気がつく。リョウのことを知らせたあいつらはどうしたのか。どうしてあんなことをしたのか。なぜガルゴにリョウのことを知らせたのか。  そう疑問になってからガルゴの行動は早かった。あの日話しかけてきたそいつらを見つけ出し。会話を試みたが、話を流されたり、避けられ会うことができないでいた。それがさらにガルゴを追い詰めた。ガルゴは何かに駆られるようにそいつらと話をすることを、そいつらをどうにかすることを強く望み、欲していた。  そして事件が起きた。  ガルゴは上級生を殴ったとして自宅謹慎になった。  そいつらはいつものようにガルゴの話を流しどっかに時間を潰しに行こうとしたところ、思いっきり顔面をガルゴは殴った。そして、次々に殴っていった。  何か解決するわけでは無かったがガルゴはとても晴れ晴れとした気持ちだった。沢山あった荷物の一つを下ろしたような楽さがあった。あの日のことが許されるような気がした。自宅謹慎の間、ガルゴは最近のなかで一番いい顔をしていたとガルゴの家族は感じた。  勿論、リョウに会うことは不安でしかなかった。謹慎後、また以前のようにリョウと話して遊んでいたいと思う反面、それはできないだろうと何処か納得している所もあった。  ある日、ふとガルゴは自室のベッドに寝っ転がりながら窓を見ていた。夕方で、紅い空が一面に広がり雲が霞んでいる。いつもリョウと遊ぶのもこんな時間だったなと考える。布団を両手でぎゅっと握りながらその夕日を見つめた。ゆっくり日が落ちていき暗い夜がやってくる。  夜はあの日のことを思い出す。夕方の後のリョウの姿。あれが本当のリョウの姿なのだろうか。  先程まで思い返していた一緒に遊ぶリョウの笑顔と、夜のリョウの姿が目蓋の裏で混ざり合う。

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