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第8話 欲望
第8話 欲望
リョウはふらふらと夜道を歩いていた。街灯が地面を照らし、彼自身の影が延びていく。街灯が少なくなっていく。さっきまであった店やコンビニが見えなくなり寂れた住宅街へと入っていく。
ちょっとしたアパートの一室を開けて土足で入る。いつもの匂いと人の欲望がぶつかる音がしてくる。
リョウの日常的はいつもこうだった。それは別にリョウにとって嫌なことではなかった。リョウは比較的一般的な家庭に生まれ育ってきたが幼少よりどこか家族との疎外感を感じていた。親や兄弟と感性が合わない、話が合わない。そのため何度もおかしいと変という言葉を聞いてきた。なぜそうなったかなんて家族も本人も知り得ずお互いの距離は離れながらも、家族としての愛情との狭間でバランスを取っていた。
リョウが夜働いたり、そういった場所に訪れるようになるのは中学に上がり、少しだけ活動範囲と時間が広くなるとリョウは居場所を求め彷徨った。家族からはどっかの不良仲間と遊び歩いているように思わせて、自身の欲望に落ちていった。
僅かに残った理性で外面を作り学校をなあなあに過ごしていたある日、ガルゴと出会う。最初はただただ一緒にいることもあるぐらいの関係を築ければよかった。ガルゴは彼にとって外面の補足要素の一部にする予定だった。不良仲間というレッテルを自身に貼っていた方が夜出歩きやすかった。しかし、遊びに行ったりふざけたりできる普通の友人という存在はリョウが思ったより大きな存在になっていった。だからこそ、その関係が壊されたならやることはひとつだった。
こちら側に落としてやる。
リョウは自身の首を締めながら息をしようとするようなちぐはぐなことをするしかなかった。
――――
中学は二人とも卒業しバラバラの高校へ行った。リョウはガルゴを落とすには至らず結局微妙な関係のまま連絡も取らなくなっていった。次に会うのは大学に入った後であり体と精神も成長し、あらゆるものが変わった後だった。
飲み会で再開し、たまたま講義で話すようになり、まるで中学のあの時が無かったようにただの友人になっていった。バランスを保って話をしているのは出会ってすぐの頃と似ていたが、あの頃と比べては異様なくらいいびつな関係だった。外面と外面で傷跡を隠しながら話す二人はお互い馬鹿馬鹿しくも何よりも望んでいた光景に似ていた。二人ともまるであの頃を忘れたように、あの出来事を忘れたように。
――――
そんな歪な関係は続き、自身の内にあるわだかまり共に縛られながら、逆にそれからでた欲望に従い行動した。大学卒業後、ガルゴは家業を継ぎ一所懸命働いた。リョウは就職せずフリーターになったことは知っていたが、そこまで踏み込まず軽く流していた。すると、ある日ガルゴの家にリョウが押し掛けて来た。その日からリョウの面倒をみたり、職まで用意したりした。理由も少しは聞いたが深く追求はしなかった。しかし、リョウはガルゴの元へ帰ってきたことはガルゴにとって他では満たされないような満足感充実感を与えた。
行き場を失った友人を世話するなど他から見れば優しくて善良で世話焼きな人に見えるかもしれない。別にお金を貸したり家に泊めてあげるなどは仲が良ければあり得なくもない話だが、ガルゴはリョウに他の仕事を紹介せず自分自身の会社に置き。数ヶ月、半年、一年と世話をした。また最初からフリーターにならず職につくことを進めることもしていなかった。リョウがまともに働けるはずもないことを知っていながらなにも言わなかったし、自身の会社で雇った後も彼が無理のない範囲で働かせた。
ガルゴは自身の行動に何も疑問を持っていなかった。これが正しい、中学の頃の失敗はしない。
今日も二人はお互い傷跡を隠したまま話をして、仕事をして、笑い合う。
――――
とある日ガルゴの家でリョウは背伸びをして欠伸する。ガルゴは仕事の電話に出て別室で話している。
つまらなそうに指先で髪をいじりながら部屋を見渡す。リョウは最近怪訝に思っていた。少し前にリョウは夜遊びに出掛けて結局うまく行かずにガルゴに迎えに来てもらった。その頃からガルゴから話しかけられることが多くなった。ガルゴがなにか夜遊びになにか言うことは無かったが不自然さにはどうしても目がつく。
「……。」
ソファに音を立てて寝っ転がり彼が入っていった部屋の方向を見つめる。リビングには値段がそこそこしそうなエアコンが静かに動いている音と共に心地の良い風が満ちている。天井には円形の電灯がついており、それを意味もなく眺めながらリョウは深く息を吸う。ほんのり爽やかで落ち着く香りがする。誰かからもらったとか言っていたフレグランスが棚に置いてあるのが目に入る。夏の今の時期の香りだそうだ。夏はこんな匂いだったかとリョウは思い返そうとする。
その時、窓から光が入りリョウの顔を照らす。
眩しくてリョウは起き上がりカーテンを閉めようと振り替える。そこには青空と白い雲がまるでお手本のようにあった。リョウの顔に皺が寄る。すぐさまカーテンを閉めて窓を背にする。
ちょうどガルゴは電話を終え部屋から出てきた。
「なにかあったのか?」
「べつに~眩しかっただけ。」
カーテンの裾から光が漏れ床を白く照らしている。足が熱くなってその場から離れる。冷たい床を歩いてガルゴのところへ向かう。
「で?仕事は大丈夫?」
「ああ、そこまで重要じゃない。あっちも一応聞きたいことがあって連絡してきたらしい。」
「へぇ……。」
興味なさげに返して気まぐれにリョウはまたソファに座る。
「ほら、座れよ。映画の途中。」
「ああ。」
ガルゴもソファに座りリモコンを操作する。静かな部屋に軽快な音楽が満たされていく。
――――
夜も深くなり、ガルゴは夕食の支度をしていた。リョウはそれをリビングから時折見つめたりして食事を待った。先ほど映画を見ながら飲んでいたビールの缶に水滴がつき落ちていく。リョウは水滴をなんとなくじっと目で追う。ふと、できた料理を運ぶガルゴの髪が視線に入る。電灯に照らされた金髪は白く光り揺れている。次にリョウはついつい彼の髪を目で追っかけてしまう。
ビールの回りには水滴が輪になり水溜まりを作っていた。
ガルゴは料理と食器などを運び終えるとリョウの隣に座り箸を手渡す。リョウははっとして箸を受け取り料理を見渡す。
「酒飲んだから簡単なものしか作っていてないからな。」
そう言ってガルゴは適当にいただきますと言ってから自身の作った野菜炒めを食べ始めた。
「……いただきます。」
リョウも適当に言って取り皿に野菜炒めを取り、食べ始める。豚とキャベツとニンジンでできた簡単な野菜炒めは濃い味つけで、ソースの香ばしい香りと油のつやつやした様子がとても食欲を刺激し口内のよだれが多くなる。
黙々と食べ、変な静寂がやって来る。リョウはなにか話しかけようとガルゴの方を向く。
ガルゴは野菜炒めとご飯を交互に豪快に食べている。その様子はとても美味しそうで、とても野性的で、リョウはそれに見入ってしまった。ガルゴは大きく口を開けて頬張り、チラリと犬歯や迎え入れるような赤い舌が見える。口元が油で汚れようとも拭わずがつがつと食べ進めていく。犬歯が野菜と肉を砕き、引き裂く。
「どうした?」
箸が止まったリョウを不思議そうに見る。
「……何でもない。」
そう言ってリョウは自身の皿にある野菜炒めを少しずつ食べ進めた。
――――
早朝に雨が降り湿度が高くムシムシとした日。夏の暑い日に降ってきた最悪な雨だった。リョウは少し伸びた髪を鬱陶しそうに掻き上げながらベットから体を芋虫のように起き上がらせる。背中を丸くしながら辺りを見渡す、ベットシーツが湿度で肌に張り付き不快感を覚え立ち上がりベットから降りる。
ベッドには長い黒髪を広げたままうつぶせに眠っている女性が静かな呼吸音とともに背中を上下させている。リョウは適当に下着を履き窓際に座る。テーブルにあった灰皿を引き寄せ、脱ぎ捨てたズボンのポケットからたばこを取り出し火を点ける。
窓に背中をつくと日に当てられた窓は温かくカーテン越しにリョウの背中を温めた。女性とは何度か寝た仲だったので部屋をたばこ臭くしても問題ないことを知っていたので遠慮なく煙を吐き出す。
煙でどうにか湿気の鬱陶しさを緩和させる。ふと見上げたさきにあった時計では時刻は八時ちょうどを針が指し、カチカチと秒針が動いている。
すると、女性がこちらもまたのっそりと芋虫のように起き上がる。
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