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第9話 遊び人

9話 遊び人 遊び人  女性は起き上がると窓際にいるリョウを見つけ睨む。 「それ、臭い。吸うの変えた?」  リョウは自身の持っているたばこの箱をチラリと見て言う。 「ああ、変えた変えた。前のは甘すぎたんだよ。こっちの方が好み。」 「へぇ?」  素っ気ない返事をして女性はベッドから降りて下着をつける。マニキュアが塗られた爪が光る。喉を指でさすると台所に行き水を飲んだ。 「あんたも飲みなよ。」  透明なグラスに水をいれて手渡す。 「どうも。」  喉が渇いていたのでリョウは受け取ってすぐ飲み干す。女性とは同じ店で働いていたことがあり、そこで話すようになり体の関係を持った。友人という仲でもない微妙な関係だが情報交換はよくした。 「あの子、ほら、クリクリした髪でちょっとぶりっ子な子。あの子店から引き抜かれてヤクザんとこ行ったてさ。あんた狙ってなかった?やめといた方がいいよ。」 「狙ってない。でも、一回ヤったかな?先にヤっておいてよかったわ。あぶないあぶない。」 「あははっ!」  そんな風に下品な言葉も交えながら会話をしてある程度満足したら適当に挨拶のようなものをして帰っていく。セックスして、少し話をして情報交換するいつもの流れだった。リョウが帰ると言って靴を履き出した時も女性は適当に携帯を見ながら気の抜けた返事をしてタバコを吸っていた。  女性の部屋を出てアパートの階段を昨日は女とヤッたから今度は男とヤろうかなと考えながら降りていく。時々窓から入る日の光に目を細めながら進んでいき、出口の錆びついた重い扉を音を立てて開けると真上から太陽が照らしてくる。  日陰を選んで歩いていくが日射しがキツイ。じめじめした空気と暑さでじっとり汗をかきながら知っている道に合流する。昼間だからか人通りは少ないが、灰色のコンクリートの塊が所狭しとそびえ立っていて圧迫感がある。ムシムシした暑さはこんなに狭いところに建物を沢山作って、空気がこもってるからなんじゃないか等と心のなかで文句をグチグチ言いながら進む。  すると、隣をよく見たことのある車が通りすぎていく。その車はちょうどリョウの家へ行く道に曲がっていった。  目を細めながらリョウはその車を見て、そのあとを追うようにその道を曲がっていく。  リョウが家についた時、家主を探すためか見覚えのある車の持ち主であるガルゴは携帯を取り出し電話をかけていた。リョウはさっきから電話がなっていながら無視していた。リョウは後ろから近づき彼の背中を軽く叩いてニタっと笑う。 「やぁ、なにか用?」 「ああ、電話に出ろよお前。」  少しびっくりしながらも振り向きリョウを見る。暑さのせいで額に汗をかき、いつもつり上がってる眉の間には皺ができてる。手には大きなビニール袋を持っていたのでリョウは察して呆れたような顔をする。 「とりあえず中入ろう。この暑さは嫌になる。」  ガルゴがなにか言い出す前にリョウは鍵を取り出し扉を開ける。相変わらずゴチャゴチャと、物やゴミが置かれている寝たり食ったりするだけの部屋だった。生活感はあるといえばあるが、趣味を楽しんだりゆったりとくつろぐような場所ではなかった。  カーテンが閉められていたお陰で日光が当たらず、部屋の中はまだ外よりは気持ちが楽だったがリョウはクーラーをつけて、できるだけ低く設定した。 「おい、下げすぎるなよ。また体調崩すぞ。」  ガルゴがお小言を言ってきたので1度温度を上げる。  物が散乱しているのを足で角へ追いやりながら二人はソファに腰掛ける。 「ほらよ。飲みもんと食いもん。しっかり食ってるか?」  ガルゴが大きなビニール袋から飲み物や食べ物がヒョイヒョイ出てくる。リョウが食欲が無くても食べれるようにとゼリーやプリン。しっかり食べる用にとレンジで温めればできる親子丼のパウチなど沢山出てくる。リョウは次々とテーブルの上に置かれていく食べ物らを見て、つまんなそうな顔をして終わるのを待ってる。  リョウはフラフラと生きているが変なところが真面目なので人から貰ったものを無駄にできない所がある。ガルゴはそれを分かっていて、リョウがしっかり食事するようにとわざわざ持ってくるのであった。 「今朝は何か食ったか?」 「……何も。」 「何かこの中で食えるものは?」 「これ。」  リョウは適当に桃のゼリーを指差す。 「それだけか?他はいいなら冷蔵庫にしまうぞ。」  スーパーでもらったのだろうプラスチックのスプーンをリョウに手渡しながら聞く。 「いい。これだけでいい。後は何か夜に食べる。」 「そうか。」  ガルゴは慣れた手つきでテーブルに並べた食べ物を抱えて冷蔵庫の方に持っていく。  ガタガタと冷蔵庫の中を整理しながら持ってきた食べ物を詰めていく。そんな彼の背中を見つめながらゼリーを小さスプーンですくって口に運ぶ。まだひんやりとして柔らかくゼリーはするんとリョウの喉を通っていく。ほんのりと甘い桃の味を舌の上で転がしながら、ガルゴが冷蔵庫のある台所から戻ってくるのを見て、いつもよくやるなと少し呆れる。  リョウはガルゴが自身に世話を焼くのは中学の頃のあの事を負い目に感じてるのかと考えながら、申し訳なさがありながらも、そんな彼に甘えてしまうことをよしとしてズルズルとこれからもこんな関係を続けるのだろうと感じていた。  ガルゴは戻ってくるとリョウの隣に座ってリョウがゼリーを食べるのをじっと見ていた。 「なに?」  人の食べているところをじっと見てる彼が何となくムカつきリョウは冷たく言う。 「いや、ホントにそれだけで足りるのか?」 「足りる。暑いしそんなに食欲ないから。」  実際、リョウは暑さに弱くゼリーを食べ終わるとソファに体を沈み込ませて大きなため息をついた。 「疲れてるのか?」  ガルゴは心配してるのかそっとリョウの顔を覗き込むように体を起き上がらせた。 「バテてるだけ。昨日、寝たところ空調弱くて。」  昨日の夜、寝た女性の家では女性がお腹壊すからと冷房を弱くしていた為リョウには暑く、体力を奪われた。 「そうか。」  ガルゴは少し眉間に皺がよった。  リョウはそれを見てないふりをしてスマホをいじる。  二人の距離が近くなるとリョウはガルゴからタバコの臭いがすることに気がつき、「まだやめてないんだ」と言いそうになったのを飲み込む。リョウは愛煙家だが、ガルゴがタバコを吸ったり酒を飲んだりすることが余り好きではなかった。同じ趣味を持つ仲間は勿論好きだが、ガルゴはやっぱりリョウとは別の世界の住民なんだと働いてる彼を見る度に思う。  だからこそ、今やタバコや酒が嫌われる世間ならそちらに合わせてガルゴも止めればいいのにと、少し憎たらしく思いながら考えている。  ガルゴがこちら側に落ちてくることはないと中学の頃に思い知ったので、それならば表社会でまっすぐに生きて欲しいという気持ちがリョウの胸の中で絡まっている。こんな思いをするなら友人のユヅキや同じ店の店員らと絡んでる方がいい。  頭のなかでそんなことをぐちゃぐちゃに悩んでいると突然、ユヅキから電話がかかってくる。  ガルゴは少し驚いた顔をしてリョウを見る。 「友達か?」 「この前、お前を迎えに越させたやつ。」 「あぁ。」  リョウは立ち上がり少し離れたところでユヅキの電話に出る。 「もーし、も~し!」  相変わらずの変な抑揚のある明るい声でユヅキは話しかけてくる。 「どうした?珍しいじゃん。」 「突然で悪いんだけど夜空いてる~?」  一方的に相手のことを気にせず割り込むように聞いてくる。 「……。空いてる。」  ガルゴのことを一瞥して答える。  ガルゴの眉がピクッと動くが何か言うわけでもなくリョウを見ている。 「なんかねぇ会ってみたいって言ってる人がいんの~!好みじゃないだろうけど一応ねぇ~?」 「どんな奴?」 「んー、難しい~よ。とにかく会って見なよ。ああ、見た目は黒髪で大人しめ?かな?ね、全然タイプと違うよね?」 「まあ、聞いた限りでは。でもまぁ会ってみるよ……てか、今日?いては空いてるの?急だねずいぶん。」 「なんかねぇ急にこっちも話しかけられて会わせてって言われたの~。」  リョウはユズキのいい加減さにため息をつきながらこの後の約束をして電話を切る。面倒なことになりそうならすぐさま帰ってこようと考えてると、ふとガルゴと目が合う。 「忙しいんだな。」  鼻で笑いながら皮肉ったらしく言ってソファから立つ。 「帰るのか?」  ぶっきらぼうに目を反らしながら聞く。意味もなく携帯画面を見てガルゴが帰るのを待つ。  わざわざ見送りなんてしないため、いつもと同じようにそのままガルゴは帰ると思っていたが一向にガルゴは動かない。  何かあったかと少し視線をやるとガルゴはじっとリョウのことを見ていた。 「何?」  冷たくいい放つ。  ガルゴは身長も体格もあるので見上げるとより大きく感じる。天井の電灯から来る光で逆光のようになり威圧感が出ている。何より握り締められた拳がリョウの体を少し強ばらせる。 「朝、どこにいたんだ?」 「あ?」  突然のことに眉をひそめる。 「夜もどこに行くんだ。」 「は?何さ急に、セフレ、セフレだよ。」  呆れたように言う。時たまあるガルゴのお説教かよとため息を大きくつく。適当に流しておけば気が済んで帰るだろうと、真面目に聞いてる風に彼の目を見る。  ガルゴの瞳孔は開きギラギラと鋭く肉食獣のようでありリョウは少しゾクゾクとした感覚を背中に覚え口角をあげる。 「少しぐらいは控えたらどうだ。」  またいつもの文句だ。この会話を堂々巡り。リョウはめんどくさそうに目を細める。二人は何度も繰り返し、同じ力量で綱引きするが如く動くことがない議論だった。 「俺は別に他人に迷惑かけてないし、いいじゃん?変な薬やってたり、犯罪してるようなやつじゃない。安心安全に遊んでるだけ。」  軽く手をヒラヒラさせ、おどけながらタバコを取り出す。  するとその手をガルゴがはたき落とした。  思わずリョウは落ちたタバコを見て目を丸くし、叩かれた自身の手を見た。  今までガルゴが怒っても壁やテーブルを叩く所しか見たことがなかったリョウは間抜けな顔をしながらガルゴの顔を覗く。  そして、ゆっくりと手を伸ばしたかと思えばリョウの首をその大きな両手で締め付けた。

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